時事談義・イラスト・ミニアニメetc.


by eisakutyan
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舌戦?&賭博罪。

*高校時代、私たちによく将棋を教えてくれる人に、Mさんというガス会社勤務の30代前半の方がいた。普段は真面目そのものだったが、こと将棋となると事情が違った。勝負どころになると、これがちょっと聞いただけでは意味不明の言葉を突然乱発して、私の友人たちをひっくり返る程笑わせたのである。私自身はと言うと、彼のギャグ(?)は馬耳東風とばかりに、かっこつけて無視していたように思う。嫌な性格である。w

 彼は一応初段格で指していたが実力はもっとあった。
 一般に田舎というところは、年配者を立てなければならない。
 私たちの場合も、弱い年配者が2段とか3段とかを名乗ってぶいぶい言わしていたら若いモンは一歩引かなければならなかった。ましてそれらご老体が『出資者』であったり、名義だけとは言え『支部長』であったりしたら尚更のことである。

 それで、彼の口癖、それは:

『そこで脱いだか、桃色パンティ!』
もう一つは『その手は食わない七色パンティ!』

或いは単に『桃色パンティ!』
『七色パンティ!』と叫ぶ。


 とこれら二つの『パンティネタ』がメインだった。

*将棋には一局の命運を左右するような『勝負手』を指さなければならない場面がある。劣勢な側が、このまま普通に指していたのでは『ジリピン』になると判断した場合、一か八かの『勝負手』を指して、乾坤一擲の勝負に出るわけである。これはプロもアマも同じと思う。

『そこで脱いだか、桃色パンティ!』というのは、彼の相手がいよいよ勝負に出たと判断したとき彼が発する言葉だった。Mさんはそこですわり直し、正座になってしばし長考に沈むのである。

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*次に『その手は食わない七色パンティ!』はどうかと言うと、彼が相手を褒めるとき発する言葉だったのではないかと、今の私は理解している。
 つまり、相手がこちらの指し手に応じて「ああ行けばこう行く。こう行けばああ行く」と様々な変化を用意しているのだと彼が見破った際、その『巧手』(?)を褒め称えて使ったのだと思うのである。
 無論私たちのレベルでは到底「七種類の変化順」などは読み切れる筈も無かった。せいぜいのところ2つか3つの『傾向と対策』を用意出来たら充分だった。

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*高校を出てからの私は田舎を離れたので、その後の彼のことは知らない。
 Mさんとは個人的な付き合いはなかったが、考えてみると、どういう経緯があったのか、Mさんを含む大人たちが数人連れ立って、一度私の家へ将棋を指しに来たことがあった。
 彼らは時に寿司屋の二階を借り切ったりなどして、徹夜で『賭け将棋』に興じていたのである。明るいうちは『普通の家』の方が良かったのだろうか、私とも指してくれたが、メインは関西弁の人相手の『真剣勝負』だったことは私にもわかった。後で聞いた話だが、小柄で坊主頭のその彼は、年恰好は四十絡みだったろうか、金を賭けない将棋は全く指さない人だったらしい。

 賭け将棋、賭け碁は天下のご法度だが、賭けマージャンは広く一般に行われているし、将棋に限っても、かつて朝日アマ名人の座に元『真剣師』(←賭け将棋で生計を立てている人のこと)が就いたこともあったくらいで、これは無くなることはないかも知れない。

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* 賭博罪(185条)

賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処せられる。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、犯罪は不成立である。

* 常習賭博罪(186条1項)

常習として賭博をした者は、三年以下の懲役に処せられる。

* 賭博場開張図利罪、博徒結合図利罪(186条2項)

賭博場を開張し、又は博徒を結合して利益を図った者は、三月以上五年以下の懲役に処せられる。

* 富くじ発売罪、富くじ発売取次罪、富くじ授受罪(187条)

富くじを発売した者は、二年以下の懲役又は百五十万円以下の罰金に処するとされ、 富くじ発売の取次ぎをした者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処するとされている。また、富くじを授受した者は、二十万円以下の罰金又は科料に処する。

 以上はウィキペディア『賭博罪』から借用しました。

 *日本国内の賭博に関する法律というところもあります。

 *ついでにノミ行為ノミ屋も見たりして。w

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 *「的屋(テキヤ)と博徒とは違う」と昔或る知り合いが教えてくれた。第一拝む神様が違う。テキヤは神農神であり、博徒は天照大神である。テキヤは街商で生計を立て博徒は賭場を開帳して収入を得る。賭場の私的開帳は禁止されて久しい。所謂「公営ギャンブル」というのは国や地方公共団体が主催する、いわば「賭場の(私的)開帳」である。「国や市が胴元なら賭博もまた可なり」なのである。パチンコや宝くじ(←富くじそのもの!)更にはtotoなどもギャンブルの一種だし、どうもこの『賭博罪』というのは曖昧である。イギリスのブック・メーカー等ともよく比較して、どこがどういけないのか法整備すべきだろう。石原都知事などはお台場にカジノを開帳したくてうずうずしている。

 *シェイクスピアは「人生すべて芝居!」と言ったそうだが、私が思うに「人生すべてギャンブルだ!」とも言えるのではないか。どの親から生まれて来るかは選べないとしても、その後の学校の選択、職業の選択、伴侶の選択・・等々、これすべて一種の「賭け」としか思えない。私たちは一寸先の未来も概ね予測不可能である。


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by eisakutyan | 2006-07-30 17:28
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 ↑ このイラストは頂き物です。w

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*まずとっぱじめは『チーム・アメリカ』にまだ行ってない人は、ここへ行って遊びましょう。
ヘリコプターが飛んで来るのをずうっと待つのですよ。将軍様が出て来ます♪

*次は『オフィスマツナガのブログ』であります。知ってる?ぁそ。

 ここの7/14片山さつきパーティーに於けるナベ恒発言が面白かった。
 てか、ナベ恒自身が面白いんだな。なかなかの役者だ。
 ま、面白いと言っても「ふう~ん」という程度で格別の意外性があるわけじゃないんだけど。

 でも彼がさつきを応援しているとは知らなかった♪ 
 なんでも自分が飼っているハムスターに「さつきちゃん」と名付けたとか。
 さつきにベタ惚れして、さつき経由で安倍支持に回ったりしたら私はナベ恒応援(?)は当然中止しますです。w
 彼は以前次期総理総裁を支持する条件として「1.靖国には行かない。2.市場原理主義者を閣内に入れない」の2点を挙げていたがあれはまだ生きているんだろうね? あれ一つだけで、私はナベ恒応援を決めたんだからね。笑。安倍は急場凌ぎで8/15の参拝は日和ったけどその後は不明だから。 
 
 マツナガブログは如何にも「内幕モノ」「ネタばらし」が得意みたいだけど、今ひとつ迫力がない感じだった。

*ではきっこのブログはどうかな?
 7/24の日記は激しい『学会』(←「ナンミョー」と呼んでいる)攻撃だった。

 ええっ! 
 志村けんも研ナオコも、野村監督夫妻も、みんな学会信者なの?!
 欽ちゃんも山本リンダもそうだということは以前聞いたし、いったい我々は誰を信じたらいいのだろうか?(はぁ? ←別に学会信者の方を信じないという意味ではありません。そんなことを言っていると世間が狭くなる。w)
 これにあの安倍晋三がまたもやいかがわしい宗教団体(?)経由で絡んで来ているというから、笑ってなどいられない。私が寝ている間にこの国はほんとに壊れてしまったのかも知れない。

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*では今度は『抱腹絶倒!NY育児日記』はどうかな?

 ご存知!ハーレム日記ライター弘恵ベイリー、ハーレムからNY郊外へブラックとミックスの息子と双子の娘の育児奮闘中!
 ・・と、そういうリードが付いています。文章が上手な人です。w

 04年クリスマス当時のNYハーレムに於ける双子の出産風景を、翌05年1月になってご本人が臨場感たっぷりな実況中継風に回顧してみせるという、その文章が面白くて私は最初楽天からリンクしたので、この人がgooブログだったことはすっかり忘れていましたけど。

 最近の記事は『ウンコネタ』が多いようですが、幼子を何人も抱えていれば誰でもそうなるかも知れない。 

*お次はAkioの旅での発見Akio's World Travel Clips with photosへ行って「ヴァスコ・ダ・ガマより80年前に喜望峰を通過していた中国の船団」というエッセイNewを読みました。

 ここは面白いですよ。エッセイと写真と短いムービーで世界一周出来ます。私はもうすぐ2周してしまいます。Akioさんという方は気さくな方でメールで質問すると程なく丁寧なご返事が返って来ます。

「ヤスキチ」は選挙モードですか。
 自民はまたしても有力な対抗馬が見つけられないそうです。安倍を出しても負けるんじゃないの?w

*最後に「薫のハムニダ日記」ですが、靖国等今ホットな話題について正論を展開しています。「ハンギョレ新聞」というのがあるそうで、その紹介は面白かった。ここは反対意見も許しているようです。
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by eisakutyan | 2006-07-29 13:03
*小泉も安倍も靖国に御執心だ。バカにつける薬はない。ファシストに飲ませる良薬はない。いよいよ国論二分だって?!
 いいじゃねえか、上等だ。
 生憎だが、ポチや安倍ポンが右を向けって言えば右を向く人間ばかりじゃねえんだよ、この国は!

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  靖国合祀聞かれたら断った 広田弘毅元首相の遺族 2006年 7月27日 (木) 19:41
(共同ニュース)

 東京裁判で処刑されたA級戦犯で唯一の文官、広田弘毅元首相の孫で、元会社役員弘太郎さん(67)が27日、共同通信社の取材に対し、靖国神社への広田元首相の合祀(ごうし)について「靖国から事前に合祀の連絡はなかった。聞かれていれば断った」と話し、反対の立場を明らかにした。

A級戦犯の遺族が合祀に異議を唱えたのは異例で、議論が高まっているA級戦犯の分祀問題にも波紋を広げそうだ。

広田元首相は外交官出身で2・26事件後の1936年に首相になった。軍部の政治介入は激しく、わずか1年で首相を退いた後、日中戦争時には外相を務めた。東京裁判では一部の裁判官が無罪を主張したが、48年にA級戦犯として東条英機元首相らとともに処刑された。靖国神社は78年、ほかのA級戦犯13人とともに合祀した。

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 引用終わり。
 そう、これが一番問題だと思う。
 神社側が極めて恣意的に、祀るか祀らないかを独断専横で決めている。
 この例だけではない。遺族が拒否してもこれを無視して祀るとはいったい何様のつもりだ?!
 こんな神社は要らない。

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  <自民総裁選>安倍氏が全国行脚…谷垣氏が出馬表明 (毎日新聞)

 安倍晋三官房長官は27日午後、岩手県八幡平市などを訪れ農業経営者らと会い、自民党総裁選に向け全国行脚をスタートさせた。「再チャレンジ可能な社会」を掲げ、いっそうの支持拡大を図る。一方、谷垣禎一財務相は同日午後、自民党本部で出馬表明の記者会見を行い、政権構想の概要を発表した。小泉純一郎首相の靖国神社参拝について中国、韓国との関係を悪化させたとして強く批判、安倍氏との対決姿勢を鮮明にした。

 安倍氏の行脚は政府の「再チャレンジ推進会議」の一環で、小泉改革に伴う格差是正を意識したもの。同日の交流会にはサラリーマンから転職した農業者ら11人が出席した。8月6日まで5都府県で中小企業者や大学生、高齢者らと交流する。

 一方、谷垣氏は記者会見で、中韓両国との首脳会談ができない現状を「異常な関係」と指摘。「原因の一つが靖国神社参拝問題ということは否定できない。内心の問題と(しての)行動は、首相の立場では海外から理解しにくい」と小泉首相の靖国参拝を批判した。首相就任時には参拝を自粛する考えを改めて示し、2010年代半ばまでのできるだけ早い時期に「少なくとも10%の消費税」の実現が必要と訴えた。

 28日には東京ブロック大会が開かれ、安倍、谷垣両氏ら「ポスト小泉」候補が出席し、政策論争も本格化する。【犬飼直幸、平元英治】[ 2006年7月28日0時47分 ]

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  安倍が「A級合祀不快メモ」に反発する理由 (ゲンダイネット)

 A級戦犯合祀に不快感を示した昭和天皇発言メモは、合祀賛成派や靖国公式参拝派にショックを与えている。中でも次期首相有力候補の安倍晋三官房長官は言っていることが支離滅裂。23日の講演でこんなことを言っている。

「公式参拝に反対するのは飛躍したトンチンカンな議論だ」「国際法の慣例では、講和条約が結ばれたら戦争裁判の判決や刑は無効になる」

 毎日新聞の世論調査でも国民の半数以上が参拝反対を言っているのだから、そんな国民はトンチンカンだというのか。さらに「講和条約後の刑が無効」なら、服役中の戦犯は講和後すぐに釈放されたはず(最後の受刑者が釈放されたのは講和から5年後の1956年)だから、法解釈もデタラメだ。

 安倍の暴論にはこんな“解説”がある。

「天皇メモにある『A級が合祀され、その上 松岡までもが』とある松岡洋右は日独伊三国同盟を結んだ元外相ですが、その松岡は安倍と縁戚。松岡の妹が安倍の祖父・岸信介の叔父と結婚しているのです。安倍が縁戚の松岡を批判する天皇発言を快く思っていないとすれば、なんとも度量の狭い政治家ということになります」(事情通)

 昭和天皇がA級戦犯合祀を不愉快に思い、以来、靖国参拝をしなかったことは明白な事実。政治的に利用するかどうか以前の問題だ。それを認めたくない安倍の理屈こそトンチンカンである。【2006年7月25日掲載記事】[ 2006年7月28日10時00分 ]

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 以上引用終わり。
 安倍のアホはそんなこと言ってやんのか?!
 そこまで開き直るとは上等だ。
 こいつはファシストだ。
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by eisakutyan | 2006-07-28 12:40

山拓vs安倍。

「一度失敗した人間にも再チャレンジの機会を与える社会の実現を目指す」というのが、安倍の総裁選へ向けたスローガンらしい。

 これを掲げての「安倍の全国行脚開始」のニュース・報道を探したが見つからない。
 NHKラジオは昨夜来こればっかりだが、まさかNHKだけが安倍のご機嫌伺いに熱心でフライングしてしまったということではないだろうな。w

 民放は第一声待ちということだろうか?

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北ミサイルはラブコール 寛大に対処を 山崎氏、米で講演 2006年 7月26日 (水) 15:31(産経新聞)

 【ワシントン=山本秀也】訪米中の山崎拓・自民党元副総裁は25日、ワシントンの有力シンクタンク「ヘリテージ財団」での講演で、北朝鮮の弾道ミサイル発射を米国への「ラブコール」と呼び、寛大に対処すべきだとの認識を表明した。同氏はさらに、北朝鮮への制裁の動きが「悲惨な結末を生む」と述べ、6カ国協議の枠組みで北朝鮮との直接対話に応じるよう米側に求めた。

 北朝鮮問題に関する講演で、山崎氏は事態打開の選択肢として、(1)米朝直接対話を拒否して経済制裁から軍事制裁に進む(2)ミサイル発射は米国へのラブコールと寛大に受け止め、硬軟両様の弾力的な対北朝鮮姿勢に転換する-の2点を提示。「私は当面、辛抱強く後者で行くべきだと提案する」と語り、米側の融和政策を促した。

 北朝鮮のミサイル発射を受けて浮上している敵基地攻撃論について、山崎氏は「日本が現時点でそのような能力を持つことは憲法解釈上、困難だ」と指摘。日米安保体制に基づいて、弾道ミサイルによる自滅回避のための敵基地攻撃は「米軍に依存している」と述べた。

 自民党内での議論を踏まえ、山崎氏は「ナショナリズムに基づく、勇ましいと受け取られる発言が日本の政治家からも相次いでいる」と述べ、名指しを避けつつも、敵基地攻撃の可能性に言及した額賀福志郎防衛庁長官や安倍晋三官房長官を暗に批判。「仮にそういう方向に動くとしたら、政権交代を余儀なくされる」と語った。

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山拓の安倍・額賀批判である。
 安倍はこの発言に早速不快感を表明したらしい。

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   嘉田知事が所信表明 県議会の傍聴席ぎっしり

 【滋賀県】26日に開会し、嘉田由紀子知事が栗東市に建設中の東海道新幹線「(仮称)南びわ湖駅」など3つの公共事業の凍結、見直しを所信表明した県議会の7月定例会。傍聴席には支持者や報道陣らが大挙して訪れ、議会での新知事の船出を見届けた。

 用意された115の傍聴席に対し150人が詰め掛けて議場は満席となり、約10台のテレビカメラがずらり。嘉田知事が入場するとカメラのフラッシュが一斉にたかれ、場内の視線がくぎ付けとなった。

 大津市真野の主婦関あずささん(31)は「すっきりとした表情で自信を感じた。分かりやすい言葉で語ってくれて、素晴らしい」と興奮気味。栗東市六地蔵のアルバイト片岡秀之さん(62)は「前向きな意志を感じた。議会運営は大変だろうけど、頑張ってほしい」と話した。

 先の知事選に立候補した県労連議長の辻義則さん(59)も傍聴席に。「非常にさわやかだった。県民の審判を受け止めて対話を大切にし、大型公共事業見直しに向け頑張ってほしい」と期待を込めた。また、議場に入れなかった人たちは、会議室など別室でテレビ中継に熱い視線を注いだ。嘉田知事の「学生応援団」代表を務める京都精華大大学院1年の森敬祐さん(26)は「立ち見でもいいから生で見たかった」と残念そう。「(嘉田知事は)緊張しているように感じた」と話していた。

 所信表明が終わり、最初に傍聴席を立った栗東市議は「マニフェストに書いてある通りの内容だった。これから対応を検討したい」と言葉少なに議場を後にした。 (吉岡雅幸)(中日新聞) - 7月27日11時17分更新

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*以上引用終わり。

 NHKだけではない。
 gooの「ニューストピックス」もおかしい。
「安倍氏山崎氏発言をバッサリ」というところをクリックしても安倍本人の記事はなく、山崎発言関連が二つあるのみである。
 さてはあの陰険な安倍が早くも報道管制を敷いたかな?w

*安倍の提言批判はあまりにも簡単なので私は「3分で出来る安倍批判」(!)というタイトルで行こうと思ったが、ニュースにかかって来ないのでこれはお預けである。
 さてこの「提言」も世耕作演出だろうか?
 私は違うような気がする。ちょっと志が低いというか、薮蛇というか、もしくは目指すところが「山」ではなくその辺の「丘」のような感じがするからだ。

1.敗者復活のリターンマッチなら、自由主義経済が本来具えていて然るべき自助自立の処方である。元々あった自力更生作用を、小泉が再生不能にまで破壊し尽くしたとでもいうのか?

 今更これをテーマに据えるということは、1に小泉失政を認めることであり、2にその尻拭いを小泉御指名の後継者たる安倍がすることになるのであって、これでは「行って来い」というか、小泉がマッチで火をつけて安倍がポンプで消しにかかるという「マッチ=ポンプ」になってしまうではないか。
 
2.これは先の千葉補選であの可愛い民主候補が打ち出した「負け組ゼロの社会」というスローガンを希釈して剽窃した疑いがある。とても安倍自身の切実な課題とは思われない。元はと言えば民主党が打ち出した「構造改革」という政策のその言葉面だけを、あの小泉がまんまと盗み出すことに成功したのだとしても、そうそう柳の下に泥鰌が何匹もいるかどうか。

3.そしてこれは、痩せても枯れても「弱者救済」の看板を降ろすわけには行かない友党=公明党への「おべっか」であり、自民総裁選というより来年の参院選のための提言を早くも打ち出してしまった(そうせざるを得なかった)ということではないだろうか。

 というわけで、ちょっとこの提言は安直で、あまり頭のいい人間の手になるものではない、というのが私の直感である。w
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by eisakutyan | 2006-07-27 12:27

政界離合集散小史。

*猫の目のようにくるくる変わる政党相関図?

 小泉長期政権のお陰で我々は忘れかけているが、元々この国政界の多党化は既に引き返せないところまで来ている、などと言ったら既に時代錯誤かな?
 でも「選択肢」の有る無しに関わらず「選択機軸の多様化」は明白だ。
 一年前?の総選挙自民圧勝にしても、あれは公明党の全面的アシスト・バックアップなしでは到底実現不可能だった。ドイツに「キリスト教民主党」があるように、この際我が国でも自公は統合合併して「創価学会自民党」を立ち上げて貰った方が我々にはわかり易くていいのだが、そんなことをしたら票が減るだろう。笑。

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*では河野洋平現衆院議長の話から行こうか。彼は自民党総裁経験者だが、自民党総裁で総理大臣になれなかったのは彼くらいのものである。
 彼はかつて金権腐敗の自民党に叛旗を翻して「新自由クラブ」というミニ政党を立ち上げ、一時は30人程の勢力を誇ったこともあるがこれは持続せず、一人欠き二人欠いて結局裸同然となって古巣に舞い戻ったわけである。
 これをみっともないと言われようが何と言われようが、政党は選挙で勝ってナンボであるから、票の取れない政党は淘汰されるしかない。小沢さんがかつて「自・自・公」を割って出たとき「オラ嫌だ、政権党内に残るんだいっ! 人生全て椅子取りゲームさっ!」とダダを捏ねて保守党を名乗った連中もいた。自・公・保などと、ちゃんちゃらおかしい連中だった。w

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* 6月25日:新自由クラブ結成。
* 8月19日:福田、大平ら自民党6派、三木退陣を要求して挙党協結成。
* 12月:三木政権、総選挙敗北の責任を負って退陣。

改造三木内閣(9月15日~1976年12月24日)
[総理]三木武夫、[法務]稲場修、[外務]小坂善太郎、[大蔵]大平正芳
第34回衆議院議員選挙(12月5日)
戦後初の任期満了による選挙。自民敗北、過半数割れで衆院委員長の独占がくずれた。公明、民社、新自由クラブ躍進。新自由クラブブーム。共産は大敗。<投票率73%>
[自民]249、[社会]123、[公明]55、[民社]23
福田内閣(12月24日~1978年12月7日、1977年に改造)
[総理]福田赳夫、[法務]福田一、[外務]鳩山威一郎、[大蔵]坊秀男

 以上は『ザ・20世紀』1976年政治欄より無断で拝借しましたが、76年と言えばつい30年前のことですな。あっちょんぷりけ。
 所謂『新党ブーム』が来ると共産党が減退する傾向があるのは、彼らが果たしている『ガス抜き安全弁』的役割の価値が薄れるからで、共産党にしてみれば『与党安泰』の方がむしろ好ましい(!)などと言ったら怒るだろうけど、もう言っちゃった。あちゃ~っ。

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*で、今度は『日本新党』である。

 以下「はてなダイアリー」からも引用しておく。

  《日本新党》

 1992年に、当時福岡県知事だった細川護煕が設立した政党。
 所謂「無党派層」の圧倒的支持を受け、新党ブームの火付け役となった。
 また、1993年には宮沢内閣不信任後の総選挙で大勝し、非自民・非共産の八党少数連立連立政権の細川内閣が誕生し、自社二大政党制である「55年体制」が崩壊した。
 細川内閣総辞職後の羽田内閣でも新生党などと連立するが、社会党との軋轢で連立が解消され、羽田内閣は総辞職し、村山内閣が成立した。
 この後に、新進党に合流した。
 日本新党の所属議員は、現在自民党や新進党の後を受けた民主党などに在籍している。
(引用終わり)

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細川護煕さん、陶芸作家である。違う? ぁそ♪
 この人は潔さが過ぎた。もっと頑張らなあきまへん。

 辞めたいなら辞めればいいのだが、同じ辞めるにしても、なんでもっと頑張って後の段取りをしっかりつけてから辞めないのだろうか?

 村山富一元首相(即ち第一代社民党党首である。ということは、最後の社会党党首でもあったわけである)もそうだ。
 「追い詰められると投げ出す」という腕前は細川以上だ。

 だいたいが社会党(当時)のあのざまは何だ?!
 小沢さんに「煮え湯を飲まされる」のは嫌だと言ってあろうことか自民党とひっつき、そこでも橋龍自民党に結局「煮え湯を飲まされ」挙句の果てに「詰め腹を切らされた」わけである。「政権担当能力がない」ことを身を持って示したのだ。
 あれで「左派」だそうである。w
 自民党に「野党としての選挙」をさせてみる絶好のチャンスだったのにこれを反故にした罪は無限大に大きい。

(今ウィキペディアで「村山富一」を読もうと思ったがそれは見つからず、代わりに左右両翼からの膨大な数の「村山批判」に計らずも遭遇してしまった。「阪神大震災」までもが彼のせいにされてしまっていたりする。今「阪神大震災」を検証することはあっても、当時の村山が何をやったかについての議論が煮詰められることはないように思う。)

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*村山社会党を自民党へと追いやった責任は無論小沢さんにもある。勿論「自・社・さ政権」を謳ってその橋渡し役を果たした「新党魁(さきがけ)」の罪も決して軽くはない。
 小沢さんにしてみれば、まさか社会党がそこまでバカだとは思わなかったのだろうが、社会党は「55年体制」への憧憬が断ち切れなかったのか、結果として「熨斗を付けて」自民党に「大政奉還」してしまったわけで、二重にも三重にも「路線選択」の大きな誤ちを犯してしまったのである。
 これは社民にとっては永久に回復不可能な、愚劣ここに極まれりというべき選択だったろう。だいたいが選挙もせず、国民の信託を問うこともなく、勝手に政権政党の組み合わせを変えていいものかどうか、こんなことは民主主義以前の問題だと私は思う。

 いずれにせよ、政局のキャスティングボードを握った政党が無定見だと政治は破局的危機を迎えかねないという、これはいい見本だから、公明党の皆さん、よくよく肝に銘じて下さいよ。w

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*次にウィキペディア日本共産党へ行ってみた。懐かしい(?)興味深い記述があって、なかなか読み応えがあった。
 ところで高野孟さんて共産党出身だったの?(私は彼は早稲田の全共闘あたりかなと、何の根拠もなく推測していたのだけれど。w)

 この党は平和革命だから議会主義。↓
 それには議席第一の議席主義。↓
 でも国政に限れば議席は伸びない。(←地方議員の数は政党としては日本一だそうです! 自民党が無所属を名乗っている場合が多いからです。)↓
 それでどこへでも候補を立てる獲得票数第一主義。↓
 これも供託金は取られるわ、何も実効性がないわで止める方向。
 日刊新聞「赤旗」の発行部数も全盛期の半分だとかで、悩みは尽きないようです。

 私もよくよく考えてみると、私は今支持政党はないし、今後も持つつもりはないのだけれど、でも一番主義主張が近いというか、部分的にニアミスを犯しているのは実は共産党なのかも知れない。笑。
 でも社民党と共産党は一番嫌いだ。w

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 どうも自民党のことを書こうとすると、以前もそうだったけれど、話は他の党へと逸れて行ってしまう。
 自民党というと、「後援会」組織を使って「新宿コマ」や「歌舞伎座」へツアーを組んでみたかと思えば、全国津々浦々の町内会の寄合から冠婚葬祭全てに亘る有形無形の関与を年がら年中して来るべき「選挙」に備えるといった、「これぞ地域密着型」かつ「日常活動の権化」のような政党というイメージが私にはある。
 これを証拠もなく「買収と供応の政治」と決め付けるのは容易いが、そんなことを言ったら、ダムを作る、橋を架ける、道をつける、箱物を造る・・といった全てが「買収と供応」に該当するのではないかという感じもして来る。新しい自民党はそんなことはしないそうだが(?)少なくとも滋賀県の栗東方面ではまだやっているよな。笑。

 ともかく、いい悪いは別にして、地区住民に対して一番面倒見がいいのは自民党で二番目は共産党だ。民主党の議員先生方も、アホなこと言ってる暇があったらもっと歩け! 今年もあと5ヶ月ちょっとしかないぞ!
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↑一茶の句碑(大阪市平野区大念仏寺)です。

春風や
巡礼共が
練り供養
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by eisakutyan | 2006-07-26 11:56
*戦後左翼運動華やかかりし頃はメーデーの際、デモ隊が皇居前広場を埋め尽くすこともしばしばだった。

*一例を挙げるなら、松島松太郎という人物が仲間数人と作ったとされるプラカードが物議をかもしたのが、例の食糧メーデーである。

 そこには『朕はたらふく食っている。汝臣民飢えて死ね』・・と大書されていて、製作者らは刑事責任を問われたわけであるが、このプラカードが犯罪を構成するものかどうかは別にして、その下劣で醜悪な主張には我慢ならない、そんなことだから「左翼」運動は衰退の一途を辿ったのであると、かつて吉本などは猛烈に噛み付いていた。
 
 当時の雰囲気は与り知らぬ私もそう思う。
 品性を欠いていたのは松岡らであり、昭和天皇ではなかったことは明白で、そういう指導部しか持たなかったのは日本型左翼の悲劇の一つである。天皇が仮にそのような、漫画に出て来るような暴君そのものであったなら、彼らサヨクの企図した「日本革命」など一日にして成っただろう。北の将軍様だって意図的に自国民を餓死に追い込んでいるとは私は考えたくない。

 吉本が故江藤淳と対談して「天皇制も(一種の制度であるから)いつかは終わる」と言い、「それは(我々日本人にとっては)全てが終わることと同じだ」という江藤の反論に対しては「そう言ってもいいのです」と答えていたことなどを今思い出した。

 今「サヨクの皆さん」(←正確な意味での「左翼」に該当するのかどうか疑問だが、私はここではとりあえず、日本共産党と社民党を念頭に置いている)はやけにお行儀良くなっていて(←無論例外はある)、品性が問われているのはむしろ自公や民主党の一部の連中であると私は思う。

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 *一方我々一般大衆の方はというと「ブログの躍進」という事態に遭遇している。

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ブログ登録者868万人に 18年情報通信白書 消費者に影響力高まる 2006年 7月 4日 (火) 16:01(産経新聞)

 竹中平蔵総務相は4日、平成18年版「情報通信白書」を閣議に提出、了承された。ブログ(日記風サイト)の登録者数が今年3月末時点で868万人に上り、こうしたネット上の「口コミ」情報を通じて、消費者の意見が商品の販売に一段と影響力を高めていると分析した。企業側にとって、ブログでの消費者の意向が無視できなくなっている状況がうかがえる。

 白書では、消費者が積極的に情報発信できるブログや会員制のコミュニティーサービスのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サイト)が台頭している点に注目。今年3月末時点のブログの登録者数は、前年同期の335万人から約2・6倍に増加した。SNSは今年3月末、前年同期に比べ約6・5倍の716万人に膨らんだ。

 また、白書は、商品を購入する手段としてインターネットを活用する消費者が26・1%と全体の4分の1を上回ったと指摘。商品購入に先立ってネットで情報を収集する人の割合は62・0%に上り、インターネットが消費行動に大きな影響を及ぼしていることが改めて浮き彫りになった。

 一方で、迷惑メールやコンピューターに不正侵入するウイルスなどネット社会の「影の部分」にも言及。今後の課題として「安心・安全なIT(情報技術)利用に向けた取り組み」を掲げた。また、子供を狙った犯罪の多発を受け、衛星利用測位システム(GPS)機能搭載の携帯電話で子供の現在地を把握し、保護者通知するサービスの導入例なども紹介した。

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 以上引用終わり。
 平安期の女流文学の台頭と言ってもあれは貴族の一部だけの話である。明治期以降の樋口一葉・与謝野晶子らの活躍もインテリ臭(?)は拭えず、あくまで一部の「目覚めた」女性だけに纏わる話のように思えるが、昨今の「女流ブログ」の奔流は生半可なものではない。勿論男性も頑張っている。笑。

 深海のクラゲではないが、権力がこれに網を打って一網打尽に絡め獲ってしまうことなど元より到底不可能としたものである。
 ここに我々の希望の灯が微かにあるのかも知れない。w

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 で、最近ご無沙汰していた立花隆のメディアソシオ・ポリティックスだが、久しぶりに覗いてみたら「靖国はもう決着が付いた。小泉の引退セレモニー=8/15参拝は(信長のように)天皇制を否定しなければ挙行出来ない」と5ページにも亘って熱弁を奮っていた。
 あれってそう言えば、日経始まって以来のスクープらしいから、「ソシオ」が日経のコラムである以上、隆ちゃん、そりゃ書かねばならんわな。笑。

 ともあれ、巨匠様がやっとお目覚めしたのでしょうかね? w
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by eisakutyan | 2006-07-23 16:32

クラゲのリンジーさん♪

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ドゥーグル・リンズィー即ち「クラゲのリンズィーさん」は海洋生物学者で俳人である。
 彼はオーストラリアは中央クィーンズランド州の、人口8万人程のロックハンプトンという小さな町で生まれ育ち、州立大卒業後は東大へ留学して修士号・博士号を取得、ついでに(?)奥さんも我が日本で取得して(!)おまけになにやら言う俳句の賞までも取得してしまったという、なかなかの切れ者というか「取得ずくめ」のマルチ人間で、今は横浜国立大のイケメン教授(?)である。

*とまあ、このネタ元は言わずと知れた(?)NHK「ラジオ深夜便」である。テレビがないから聴いている♪
 この人の四回に亘る連続講義を聞けただけでも「テレビを壊した甲斐がある」(はあ?)というものである。それくらい面白かった。w
 おのおの方、御油断めさるな! 「人間万事塞翁が丙午」なのですぞ。???

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 塞翁とは、北方の辺境のとりでに住む老人。
 『――が馬』
人間の禍福は変転し定まりないものだというたとえ。人間万事塞翁が馬。〔「淮南子(人間訓)」から。昔、塞翁の馬が隣国に逃げてしまったが、名馬を連れて帰ってきた。老人の子がその馬に乗っていて落馬し足を折ったが、おかげで隣国との戦乱の際にも兵役をまぬがれて無事であったという話から〕ーー三省堂提供「大辞林 第二版」より

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 ここは、その「深夜便」ファンのちょっとした溜まり場風になっていて、私と似たような人もいるんだなと思いました。w

 放送を聴いてはいたものの、最初から最後まで私は実のところこの先生の名前をはっきり聞き取れなくて「ルーブル・リンリー」かな?「ドゥーブル・ディンリー」かな?と悩んでいたが、今あちこち検索してやっと、↑上の「すっぽん・はむ」という深夜便リスナーのHPに辿り着いて様々な疑問が一気に氷解した次第である。あーとんね。w

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*で、このリンズィー先生の専門はクラゲである。
 これを英語では「ジェリー・フィッシュ」と言う。なんか変だ。クラゲは魚ではない。でも彼ら英語を母国語とする人達は「ゼリー状のフィッシュ」だと呼んでいるのである。彼らは海中にいる生き物をみんなfishと呼んでそれで事足れリとするのだろうか・・?
 なんと大雑把でいい加減な人達だろうか!w
(↑いえ、これはお互い様で、我々が例えば単に「豚」とか「羊」とか呼ぶ家畜類とその肉に関してなら、彼らは実に微に入り細を穿った分類を展開することは皆様ご案内の通りである。笑)

 ではでは、この看過出来ない真実に直面した私は今、
「魚≠fish(Sakana isn't fish!)=魚はフィッシュではない。これはつまるところ翻訳不可能だ!」
と声高らかに断ずべきだろうか。
 そこまではしない。w

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*相模湾をちょっと沖に出ればそこには「板子一枚下は地獄(#)」の1000mの深海が広がり、120種(うち70種はセンセイ現認済!)のクラゲが生活しているのだそうである。あちゃ~っ。

  ・(#)板子一枚下は地獄(いたごいちまいしたはじごく)
  舟の床板の下は、地獄のような深い海である。舟乗り稼業の危険なことを喩えた言葉。ーー『慣用句辞典』

 クラゲだけではない。深海はアマゾン同様「新種の宝庫」であり、地球全体の「熱交換」にも大きく寄与しているのだと言う。

 また小笠原近海には「綺麗な海」が拡がっていると言う。
 ここに言う「きれいな」とは魚類の餌となるプランクトンがいない(少ない)という意味である。そこにも多種多様なクラゲが生活している。彼らは何故食餌が競合しないのだろうか、それぞれが違う餌を食べているのだろうかと、興味は尽きないそうである。

*或いは、地球で最大の生物はシロナガスクジラではなく「アイオイクラゲ」という全長40mの巨大クラゲだという話もしていた。体長の大半を占めるその「尻尾」には胃袋と生殖腺が交互に連綿と並んでいるのだそうである。

 合理的というか何というか、このヒトたち(←クラゲのことですよん♪)は何を考えているのだろうか?
 はあ?
 「セックスと食べることしか考えていない点、私たちも一緒」って、あーた・・。ポッ。

 或いはまた、クラゲを網で掬って捕らえようとしても、そのメッシュから加えられる外力のみによって、既にボロボロ・ずたずたになって結果網を素通りしてしまうクラゲの存在(←それはそうかも知れない。「一寸のクラゲにも五分の魂」、はあ? クラゲさんたちだって、別に人間に捕縛されるために生きているわけではないだろう)とか、他のクラゲに寄生して生活するクラゲの存在とか、或いは主食は他のクラゲだという共食いクラゲだとか、短いレクチャーの中で、このセンセイは流暢な聞き易い日本語を操って興味深い話題を乱発してくれたので、聞く方はただただ「わっ!」「わっ!」と驚くしか芸がなかったのである。

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*講義の中でリンズィー先生は自作の俳句を和英両訳で何度も紹介してくれたが、私にはその巧拙を判定するだけの才覚は元々備わっていなかったことが悔やまれると言えば言える。
 日頃吉本隆明の受け売りで「学者なんて所詮は打率二割五分サ♪」と毒づいている私だが、この先生に限って言うならば、これは紛うことなき一流の三割バッターだと思った次第である。w

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 以上は私の別口からの引用ですが、それでまあ、ここからが本題です。
 我ながら面白いエッセイが書けたと思ったので、「駄目元」でリンズィー先生にメールして、見に来てくれるよう頼んだら、なんと本当に来てくれて以下のコメントを残してくれました。秀樹、感激!(はぁ?

(後註:「秀樹、感激!」というのは、昔のハウスバーモントカレーのCMです。)

I'm glad you enjoyed it! I had fun doing it as well. There will be a DVD released by a company called WAC later this year and I did a fun commentary for it with a colleague. I think you would like it. Good luck! Dhugal

私は、あなたがそれを楽しんだことがうれしいです!私は、同様にそれをして楽しみました。今年後でWACと呼ばれている会社によって発表されるDVDがあります、そして、私は同僚とそれのために楽しい解説をしました。私は、あなたはそれが欲しいと思います。幸運を祈ります!Dhugal

(翻訳はヤフー翻訳機能によります。大きな間違いはありません。w)
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by eisakutyan | 2006-07-22 04:45

昭和天皇の心の問題は?

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昭和天皇「私はあれ以来参拝していない」 A級戦犯合祀 2006年 7月20日 (木) 12:41(朝日新聞)

 昭和天皇が死去前年の1988年、靖国神社にA級戦犯が合祀(ごうし)されたことについて、「私はあれ以来参拝していない それが私の心だ」などと発言したメモが残されていることが分かった。当時の富田朝彦宮内庁長官(故人)が発言をメモに記し、家族が保管していた。昭和天皇は靖国神社に戦後8回参拝。78年のA級戦犯合祀以降は一度も参拝していなかった。A級戦犯合祀後に昭和天皇が靖国参拝をしなかったことをめぐっては、合祀当時の側近が昭和天皇が不快感を抱いていた、と証言しており、今回のメモでその思いが裏付けられた格好だ。

 メモは88年4月28日付。それによると、昭和天皇の発言として「私は 或(あ)る時に、A級(戦犯)が合祀され その上 松岡、白取(原文のまま)までもが 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」と記されている。

 これらの個人名は、日独伊三国同盟を推進し、A級戦犯として合祀された松岡洋右元外相、白鳥敏夫元駐伊大使、66年に旧厚生省からA級戦犯の祭神名票を受け取ったが合祀していなかった筑波藤麿・靖国神社宮司を指しているとみられる。

 メモではさらに、「松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々(やすやす)と 松平は平和に強い考(え)があったと思うのに 親の心子知らずと思っている」と続けられている。終戦直後当時の松平慶民・宮内大臣と、合祀に踏み切った、その長男の松平永芳・靖国神社宮司について触れられたとみられる。

 昭和天皇は続けて「だから私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」と述べた、と記されている。

 昭和天皇は戦後8回参拝したが、75年11月の参拝が最後で、78年のA級戦犯合祀以降は一度も参拝しなかった。

 靖国神社の広報課は20日、報道された内容について「コメントは差し控えたい」とだけ話した。

    ◇

 《「昭和天皇独白録」の出版にたずさわった作家半藤一利さんの話》メモや日記の一部を見ましたが、メモは手帳にびっしり張ってあった。天皇の目の前で書いたものかは分からないが、だいぶ時間がたってから書いたものではないことが分かる。昭和天皇の肉声に近いものだと思う。終戦直後の肉声として「独白録」があるが、最晩年の肉声として、本当に貴重な史料だ。後から勝手に作ったものではないと思う。

 個人的な悪口などを言わない昭和天皇が、かなり強く、A級戦犯合祀(ごうし)に反対の意思を表明しているのに驚いた。昭和天皇が靖国神社に行かなくなったこととA級戦犯合祀が関係していることはこれまでも推測されてはいたが、それが裏付けられたということになる。私にとってはやっぱりという思いだが、「合祀とは関係ない」という主張をしてきた人にとってはショックだろう。

    ◇

 靖国神社への戦犯の合祀(ごうし)は1959年、まずBC級戦犯から始まった。A級戦犯は78年に合祀された。

 大きな国際問題になったのは、戦後40年目の85年。中曽根康弘首相(当時)が8月15日の終戦記念日に初めて公式参拝したことを受け、中国、韓国を始めとするアジア諸国から「侵略戦争を正当化している」という激しい批判が起こった。とりわけ、中国はA級戦犯の合祀を問題視した。結局、中曽根氏は関係悪化を防ぐために1回で参拝を打ち切った。だが、A級戦犯の合祀問題はその後も日中間を中心に続いている。

 昭和天皇は、戦前は年2回程度、主に新たな戦死者を祭る臨時大祭の際に靖国に参拝していた。戦後も8回にわたって参拝の記録があるが、連合国軍総司令部が45年12月、神道への国の保護の中止などを命じた「神道指令」を出した後、占領が終わるまでの約6年半は一度も参拝しなかった。52年10月に参拝を再開するが、その後、75年11月を最後に参拝は途絶えた。今の天皇は89年の即位後、一度も参拝したことがない。

 首相の靖国参拝を定着させることで、天皇「ご親拝」の復活に道を開きたいという考えの人たちもいる。

 自民党内では、首相の靖国参拝が問題視されないよう、A級戦犯の分祀(ぶんし)が検討されてきた。いったん合祀された霊を分け、一部を別の場所に移すという考え方で、遺族側に自発的な合祀取り下げが打診されたこともあるが、動きは止まっている。靖国神社側も、「いったん神として祭った霊を分けることはできない」と拒んでいる。

 ただ、分祀論は折に触れて浮上している。99年には小渕内閣の野中広務官房長官(当時)が靖国神社を宗教法人から特殊法人とする案とともに、分祀の検討を表明した。日本遺族会会長の古賀誠・元自民党幹事長も今年5月、A級戦犯の分祀を検討するよう提案。けじめをつけるため、兼務していた靖国神社の崇敬者総代を先月中旬に辞任している。

    ◇

《靖国神社に合祀された東京裁判のA級戦犯14人》

【絞首刑】(肩書は戦時、以下同じ)

東条英機(陸軍大将、首相)

板垣征四郎(陸軍大将)

土肥原賢二(陸軍大将)

松井石根(陸軍大将)

木村兵太郎(陸軍大将)

武藤章(陸軍中将)

広田弘毅(首相、外相)

【終身刑、獄死】

平沼騏一郎(首相)

小磯国昭(陸軍大将、首相)

白鳥敏夫(駐イタリア大使)

梅津美治郎(陸軍大将)

【禁固20年、獄死】

東郷茂徳(外相)

【判決前に病死】

松岡洋右(外相)

永野修身(海軍大将)

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 以上、引用終わり。

 今の天皇は無論のこと、戦後の昭和天皇もまた徹底した平和主義者だった。
 ポチは「靖国参拝は(ポチ個人の)心の問題」と言い張って来たが、では今回公表された「昭和天皇の心の問題」はどうするつもりだろう?

 無視して構わないということだろうか。

 安倍は今のところだんまりを決め込んでいるというか、判断停止状態と言っていい。
「小泉首相御自身が判断されることだ」などと明らかに及び腰である。

 言ってしまえばポチの心の問題など実はどうでもいい話で、誰もポチが思慮深い人格者だなどとは思ってはいないが、これが昭和天皇の心の問題となると、これはおいそれとは「どうでもいい」とはならない筈だ。 

「行くも行かぬも自由だ」などとポチは尚言う。
 しかしこれは違う。
 靖国参拝へ行かないのなら、これは自由と言っていい。

 しかし卑しくも公人が行くからには:

1.自分の靖国理解。即ち靖国が戦前果していた役割をどう考えているか。そして現在の靖国の主張をどう考えるか。等々。
2.自分と靖国との関係はどうか。
3.連合軍の戦後処理と東京裁判をどう考えているか。それに対する靖国側の主張をどう理解しているのか。

 と、せめてこれくらいは明らかにしないで行くのは無責任で傲慢な態度と言うべきである。
 「落ち目の三度笠」たるポチには最早そこまでは到底許されてはいないのだ。

 
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by eisakutyan | 2006-07-21 08:27

ヒデの自分探しの旅。

*さて、冒頭から話題はまたしても(突如として?)サッカーの中田ヒデである。

 しかしもうこれは既に「鮮度」というものがないかもしれない。あちゃ~っ。w

 引退以降の彼は殊更「自分史」なるものをショー・アップしようと努めているようで、私は正直不快な印象を受けている。彼個人が不愉快というよりは、彼のビジネス界への「華麗なる転進」を敢て「美談という物語」に仕立て上げようとするメディアの姿勢が腹立たしい程不愉快なのである。当初どの局の女子アナもこぞって「俄かヒデファン」を演じていた。この状況はつい数ヶ月前、例の村上を「時代の寵児」と持て囃した経緯を髣髴とさせる。

 メディアはまたしても何の反省も無く「直近の愚」を再演しているかのようである。
 「サッカーではどうも塩梅悪い」と判断して、「じゃあ一つ商売でもしてみるか」ということの、どこが美談なのか。
 彼は最終戦後ピッチに仰向けに倒れるという「自己演出・自己演技」を出発点に、ただひたすら自分で決めた既定の路線を突き進んでいるだけであって、「他の有名人による絶好のアシスト」の有る無しを除けば、そんなことは誰でもやっている別段どうということもない話だろう。「話題性」が聞いて呆れる。彼らはそうやって日々「話題」を強引に作り上げてしまうのである。何のために?

 そう、昨今のメディアの狂乱ぶりには、目的もなければ行く末も見えない。勿論そんなものがもしあったらその方が大問題だけれど。w

メディアはただ狂っている。それだけである。

 ヒデ自身が一番良く知っているだろうが、彼は21歳でセリエAへ移籍し「王子様=トッティ」とポジションを争った極く短い一時期を除けば、とても世界レベルの実力と技術を兼ね備えた選手ではなかったのである。J・リーグ内でならいざ知らず、彼クラスの選手など世界には掃いて捨てる程いることは、みんなドイツ・ワールドカップを見ていてわかっただろう。つまりは「井の中の蛙」ってこと♪ かっこつけんじゃないよ。

書く。流す。煽る。あと知らねえ。それが報道さ♪
そんなに嫌なら見なけりゃいいじゃねえか?
読まなけりゃいいじゃねえか?
誰もお前の視聴など当てにしてないぜ♪
遊んで貰いたいのはお前の方じゃないか!


 とまあ、そう言われてしまうとグウの音もでないけれど、これは言ってしまえば麻薬中毒と一緒で、こっちはいつの頃からか「ヤクが切れると禁断症状を起こしてしまう」という情けない体になってしまったのである。

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*そもそも「自分史」だとか「自分探し」だとかいったふやけ切った言葉は私の性に合わないから私は大嫌いだけど、でもいい歳をしたおっちゃんも結構これを使うので困ってしまう。w

「はぁ? 自分探しだとぉ? そこにいるお前がお前の全てだ、このドアホ!」
「自己分析と言え、自己分析と! 何か『自分探し』と言えばロマンチックで美しい日本語だとでも思ってるのか?このデコスケめ! まるで少女趣味だ、オカマか、お前は!?」

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 ・・・いやしかし、これに関連して、私には最近思い当たることがあるのである。
 それはM・フーコーの所謂「歴史(主義)の否定」である。

 これを簡単に言ってしまうと、例えば50代の人間が、ふと内省期に入って自分の前半生を象徴する個々の局面をスパスパッと輪切りにしてみるとする。

 10代はこうだった。20代にはこんなことがあった。30代はこんなふう、40代にはこれがあって、そして今の自分がこうだ・・と。

 これらはそれぞれ相互に関連付けることも出来るから、大抵の人は「ああしてああすりゃああなると、知りつつこうしてこうなった」のだと突然勝手にものわかりが良くなって納得してしまうわけだが、これって逆に「10代のことは10代のこと、20代に起こったことは20代に起こったことだ、全然相互関係なんてないよ!」と個々切断してしまうことも可能なわけで、先日の「実証主義」の話ではないけれど、後になって言う分にはそんなことはどうとでも言えるのではないかと・・・?

 だからね、何か考える際の材料というか、第一次・第一義の資料はまずは自分に求めるしかないのだとすれば、M・フーコーは我が身に照らして「歴史の連続性なんて信じられないよ」と思ったのかなぁと、私はふと思いついたという話です。つまり、ちょっくらお粗末ながら「哲学」してしまった私であります。ぶひひ。
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by eisakutyan | 2006-07-20 05:43
*事情があって最近TVを見ていない、と書き出そうと思ったがその事情を既にタイトルに匂わせてしまった。あちゃ~っ!

*実はもう数ヶ月前から、これはチューニングの不具合だろうか、一部の局を除いて我が家ではテレビが映らなくなっていた。
 お気づきの方もあるかと思うが、私のTV番組の話題が最近「TV朝日」系と「TBS」系に偏っていたのは日テレやフジが映らなくなっていたからであって、別に私の嗜好が偏向していたのではなく、偏向していたのは我が家のTVであり、彼が私にこの一種「片肺飛行」を強いていたわけである。日テレやフジにも、見たい番組は沢山あるが、不可能だった。

*自他共に認める「テレビ人間」たる私だが、まあ人間「ないものねだり」というか「隣の芝生はいつも青々としている」というか、反面テレビのない生活に対する憧れ(?)も常に心のどこかに住まわせているように思う。

 よく「テレビなんて部屋には置かない」という偏屈な(?)人がいるけど、私は内心「あれってかっこいい」と思っている。幾ら私が貧しいと言っても、幸い安物のTVならいつでも買えるわけで、ここは一つどこまで我慢できるか、暫くテレビのない生活をしてみてもいいかなと考えているのである。(ほんとかな?)

 で、今何をしているかと言うと、昼間はCDも聴くが、深夜放送はNHKの「ラジオ深夜便」を聴いている。これが非常にいいのだ!w
 私が若かったら、恐らく民放かFM大阪くらいを聞くのだと思うが、今は迸る無内容な会話にとても付いて行けない。

「五月蝿い、お前ら、少し黙っていろ!」と、そう言いたい感じである。

 せめて昔のように、もっと頻繁に何か音楽を流して欲しい。ジャンルは問わない。民謡だろうとフォークロアだろうとヒップホップ系だろうとハードロックだろうとクラッシックだろうとジャズだろうとフュージョンだろうと・・何でも聴いちゃう!

 高校3年の頃私はラジオ深夜族で、勉強もしないで「みどりぶた」の「パック・イン・ミュージック」とか「ゴーゴーゴーのイトイゴローですよ♪」の「オールナイト・ニッポン」とか「コーヒーはモカが好き」という落合恵子の「セイ・ヤング」とかを聴いていた。それらが終わればそのまま『唄うヘッドライト』とか『走れ、歌謡曲』とかへ流れ込んでしまうこともしばしばだった。その後は朝のニュースの時間であるからそろそろ登校の時間、結果必然的に学校で授業中に寝ることになる。
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 最近ホリエモンとの暗闘でしばしばマスコミの表面に出ていたニッポン放送の「カメ」社長は、当時まだ新人アナウンサーだった。世渡り上手なのか才覚があるのか、随分出世したものである♪
 フォーク・クルーセダ-ズの「オラは死んじまっただぁ♪」とかが大ヒットした頃である。パック・イン・ミュージックの「なっちゃん・ちゃこちゃん」とかも好きだった。ベトナム戦争真っ盛りという時代だった。

 で、また一つ今日の暴論を:

 NHKはテレビなんか止めてラジオに全面撤退した方がいいように思う。
ラジオオンリーになれば利権も減って(?)不正をすることも少なくなるだろう。
 せいぜいタクシー代をちょろまかす程度で納まるってね。w
 そうなれば視聴料の徴収も順調に行くから、余った金は全て民放へ回すのだ。
 大河だって民放の方がうまく作るに決まっている。これって、NHK不要論かな。
 まあ、昨今は有害な部分の方が断然目立っているからね。謝罪会見にはこっちは馴れっこになっているから、『7時のニュース』の最後にでも「今日は私どもの謝罪はありません。ぶひひ」くらいのことは言って欲しいもんだわさ。

 森繁の『日曜名作座』を今もやっているのには驚いた。あのテーマ音楽は好きだ。
 アーカイブでは宮田輝司会の『3つの唄』なんて最高だね♪

 NHKは優秀なスタッフはみんなラジオへ飛ばされてしまったのだろうか?w
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by eisakutyan | 2006-07-19 19:40