時事談義・イラスト・ミニアニメetc.


by eisakutyan
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<   2006年 08月 ( 19 )   > この月の画像一覧

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*これをファシズムの前兆と言わずして何とする。
ひどい世の中だ。みんなポチと安倍ポンが悪いのだ。オラどうなっても知らねえぞ。
 安倍ポンは頭も悪いくせに、ポチを更に更に右倒しした、統一教会かぶれの危険な政治家だ。
 それを某国営放送は国を挙げて担ごうではないかと連日呼び掛けているのだ。

 オヤビン、笑っている場合じゃござんせんぜ。でもって、FTの記事を引用がてら、反安倍キャンペーンをまたもや展開する。あちゃ~っ!ってことで、一応しっかり(?)コメントしましたっ!ぷいぷい。

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【FT】「危険」な愛国主義の波が日本を席巻 (1) 2006年 8月30日 (水) 09:34
(フィナンシャル・タイムズ 2006年8月28日初出) デビッド・ピリング

加藤紘一は憤慨している。当然だ。

今月半ば、包丁と大量の油で武装した男が山形県にある加藤氏の実家を全焼させ、現場で「切腹」しようとした。この家に住む加藤氏の97歳の母親が散歩に出かけていたのは、本当にたまたまのことだった。

加藤氏宅への攻撃は、過激な右翼関係者によるものとされている。事件に至るまで、自由民主党ベテラン議員の加藤氏は、首相は靖国神社を参拝すべきでないと繰り返し苦言していた。靖国神社は戦死者250万人を奉るだけでなく、東京裁判で戦争犯罪人として有罪になった東條英機元首相など戦時中の指導者数人も合祀されている。小泉純一郎首相の靖国参拝は中国や韓国の怒りを買い、日本は戦時中の歴史に向き合うことを拒否していると批判されるに至った。

火傷のほか、腹部や手首への傷を治療中の容疑者はまだ供述していない。しかし警察は、日本で最も大切な愛国的象徴をボイコットすべきと加藤氏が主張したことに、男が激怒したものと見て捜査している。

加藤氏はかつて小泉氏の右腕だったが、首相は同氏の提言を退けて、8月15日の終戦記念日に靖国神社を参拝した。かつて日本と戦った国々にとっては、参拝が最も腹立たしく感じられる日だ。

加藤氏にとって一連の出来事は、日本が不健康な愛国主義に傾斜している証拠に見えるという。「非常に強い反中かつ反韓、時には反米的でもある愛国主義が日本に広がっていることが、心配だ」と加藤氏は言う。

1930年代から1940年代にかけて日本が戦ったのは、果たして正当な戦争だったのかどうか。米国の策略で開戦に追い込まれたのか。この議論を再燃させてしまったのは、安倍晋三を含む政治家のせいだと加藤氏は批判する。「この手の愛国心は、指導者がいったん火をつけたが最後、鎮めるのがとても難しい。とても危険な愛国心だ。政治家が利用すべきものではない」と加藤氏は言う。

大方の予想している通り、9月の自民党総裁選で安倍氏が小泉首相の後継者となった場合、事態は悪化するかもしれないと加藤氏。「小泉首相は東條たちが戦犯だと認めていた。しかし安倍氏はその考えを受け入れていない」

加藤氏の説では、安倍氏は祖父・岸信介元首相の考え方に強く影響されている。戦後に首相となった岸氏は、戦犯に指定されて拘束されたが訴追はされなかった。 

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【FT】「危険」な愛国主義の波が日本を席巻 (2) 2006年 8月30日 (水) 09:34

 安倍氏の側近たちなら、こう説明するだろう。次期首相候補は単に、60年にわたる日本の「自虐」史観から一線を画そうとしているに過ぎないのだと。戦争中の日本はほかに類を見ないほど悪い国だったと、戦後の日本人に学校で教え続けた「自虐」史観の代わりに、安倍氏は「健全な愛国心」を復活させようとしているのだと。健全な愛国心とは、自分の国の文化や業績に誇りをもつことだと。

安倍氏はさらに、日本の自衛権とは何を意味するのか明確化しようとしている。安倍氏にとってそれは、戦力保持を禁止する今の平和憲法を改正し、日本が半世紀にわたり放棄してきた集団自衛権を明確に主張することを意味する。

現状では、もし日本が攻撃されれば米国には日本を守る義務がある。しかしもし日本周辺で米国が攻撃されても、日本は米国を支援できない。安倍氏のブレーンのひとり、岡崎久彦氏は「愛国心には良い愛国心と悪い愛国心がある。国旗を掲揚して国歌を斉唱することは良い愛国心。よその国の旗を引きずり降ろすのは、悪い愛国心だ」と説明。安倍氏が後押ししているのは、良い愛国心の方なのだという。

しかし加藤氏はこうした動きについて、政治家が不健康な領域に国民を連れ込もうとしている、歴史に対する記憶喪失を積極的に後押ししていると批判する。

加藤氏はさらに、こうした危険な愛国心を本や映画が助長していると非難。たとえば、同氏実家に放火した男は犯行直前まで、右翼的な内容のマンガを読んでいたとされている。

ベストセラー「国家の品格」の著者で、日本の保守層の看板男ともいえる藤原正彦氏は「A級戦犯という概念は無意味だ。勝者には敗者をさばく権利はないからだ。東京裁判だけでなく、ニュルンベルク裁判も同様だ」と主張する。

「東條がA級戦犯だというなら、ルーズベルトもチャーチルもスターリンも毛沢東もそうだ。日本に原爆を落としたトルーマンもそうだ」

しかし加藤氏に言わせると、こうした考えは危険だ。それよりも、日本は自分たちが戦前に抱いていた傲慢や、植民地主義的な野心を正面から見据えるべきだが、そうではない「過去の間違いを全て帳消しにしたい人たちがいる」のだと加藤氏は言うのだ。

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 以上、引用終わり。
 安倍ポンというのは、正直言って、今更論ずるに値しない程度の低いボンボンだが我々の民意民度もあまり褒められたものでもないことはポチに今だに47%もの支持を与えていることからわかるから、この際何度でもしつこく批判しなければならない。

 皆さん、そういう忌々しき時代なんですよ。

 もう気分的には彼への批判はし尽くした私ですが、一つだけ、安倍の言う「再チャレンジの可能な社会」論の欺瞞について今は少し述べます。

1.これはまず、増税とバーターである。
 このことをブリッコ=安倍は自分では言いたくないので言わず谷垣に、つまりは財務省に言わせている。いずれ総裁選後は偕老同穴・同じ穴の狢、みんながっちり握手することはわかり切っているので、今出ている総裁選負け組の政策も、「挙党体制」の名の下に安倍ポンは任意に引き出し得るのである。ええかっこしいは今だけなのである。

2.これはまた、福祉予算の切捨て・縮小と一体にやるのである。
 一方で弱者をこれまで以上に苛めて置きながら、他方で敗者復活戦を可能にする社会の実現だなんて、あなた、信じられますか?
 「再チャレンジの余力のある人なら多少は手助けしましょう、但し小泉政治の5年間で完膚なきまでに打ちのめされた人たちはどうぞ、この社会からお引取り戴いて結構です。」と、これが安倍ポン政治の骨子である。

3.「金融独占」などと言うと「左翼だ」とか言われるので(笑)おとなしく「大銀行」と言っておきますが、近年幾多の中小零細の経営者らからの貸し剥がし、彼らへの貸し渋りを通して大復活を遂げた銀行は、貪った富をまだ社会に還元しようとせずに、例えばサラ金大手に年利2%で貸付け、サラ金はそれを元手に年利25%で生活苦に喘ぐ人たちに貸し付けてボロ儲けしている。その上前を撥ねているのが銀行だ。
 「こんなシステムでは返せる筈がねえよ!」と言ったら言い過ぎだろうか?

 某国営ラジオで電話ゲストが言っていたけど、欧米では銀行が普通に低利で貸し付けているから、およそサラ金などの跳梁する基盤がそもそもないのだそうである。(闇金融はあるらしいけど、日本は両方あるからね。w)

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 政・財・官の汚濁に塗れた癒着構造の中で、このままこの国はファシズムへ傾斜して行く可能性は小さくないと私は思う。

 あと、gooのミスのお陰で私は計らずも二度も岡崎某のサイトへ行ってしまったが(FTの記事の1からも2からも、加藤HPへのリンクの筈が実は岡崎へ繋がっていたのだから、今夜あたり不愉快極まって夢で魘されそうだ!)、そのお陰である小さな発見をした。

 それは例の「昭和天皇発言メモ」についてである。
 岡崎のアホにはあのメモは余程都合が悪いらしく、「昭和天皇のお言葉にしては品位も風格もない」などと抜かしている。あれは贋作だ、フレームアップだと言外に(?)言いたいのだ。その手のことをお前がいつもやっているからと言って、みんながみんな品性下劣と思うんじゃないぞ!
 ったく、あいつは国賊だね。笑。

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 *それと、あと一つ重大なことを忘れていた。
 それというのも、最近楽天のアクセスカウンターがおかしいのである。
 私のところも今日更新前に160もアクセスがあった。(普段は更新しないでいるとせいぜいがところ20~30である。)
 これは殆どが60.28.**の仕業だった。私のデータを大急ぎで集める必要なんかあるわけがないから(笑)考えられるのは楽天のサーバーの負荷を増大させようという策動である。
 私のところだけじゃない。常連さんのところにもそいつは昨夜来たらしい。
 以前も別の常連さんのところにも変なのが来ていた。その人のところは逆にアクセスがゼロの日もあったらしい。普段は放っておいても100や200はある人なのでこれは楽天のカウンターが壊れた(壊された?)としか考えようがない。

 私がヤフーのblogを削除した理由も、アクセス数に絡む不審からだった。
 それと言うのも、いきなり200超のアクセスがあった翌日のアクセスが「5」だったからで、それを私は無思慮にもヤフーの「作為」と即断してさっさとblog全体を削除してしまったのである(笑)が、あれも考えてみれば他者による妨害だったのかも知れない。

 そこで、そっち方面には全く疎い私にどういうことが言えるかというと、IT大手は互いに策動を巡らし、相手の足を日夜引っ張り合っての暗闘を繰返しているのではないか。であるならば、アクセスカウンターなどはその一例に過ぎない。
 ITなるものはとにかく自分のところに集客して、お客さんにクリックして貰わなければ商売にならないわけで、その際競合する同業他社は障害物~邪魔者でしかないから、仁義なき闘いは常に展開される土壌があるわけだ。
 
 そこでだ。
 そういう魑魅魍魎が跋扈する世界へ、同じく妖怪変化の類の政治家らが目をつけない道理がない。
 NHKの放送内容を事前検閲して放映差し止めにした前科のある安倍らは一番危ないのである。
 安倍の意を汲む者が、このIT企業間の死闘に介入しない保証がどこにあるか?
 仮に介入が露見したところで安倍ポンは「あれは秘書が勝手に」とか「事務所の人間が無断で」とか言い逃れようとするに決まっているだろうが、そんな常套手段はいまや危険と言うものだぜ、安倍ちゃん!
 私もどっかのおばさんみたいに予言してやってもいい。
 安倍は長期政権どころか、策に溺れて自滅する可能性がある。
 野党の皆さんも、はたまた今尚一片の良心をお持ちのジャーナリスト諸氏も、ここは踏ん張りどころと思って、しっかり監視と調査を持続して戴きたいと思う私であります。

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*(後註:60.28.*.* というのは中国からの巡回ロボットらしいという情報が常連さんからありました。ぎょっ、これってサイバー攻撃?)
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by eisakutyan | 2006-08-31 19:09
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  《最初は昨日8/29のニュースから》

  焼肉店「でん」57店舗、今夕から米産牛肉の販売再開

 焼き肉店「でん」を展開するゼンショク(大阪府茨木市)は29日夕から、関東・関西の計57店舗で米国産牛肉の販売を再開すると発表した。

 7月末の輸入再開後、外食チェーンで取り扱いを再開するのは初めてだ。

 関東の25店と関西32店で、ロース、カルビ、ハラミ、バラの4種類を扱う。皿に国旗を乗せて原産地を明示し、価格は豪州産と同程度にするという。

 8月上旬に大石重己社長ら幹部が米国の食肉処理施設を視察し、安全性を確認したとしている。

 ゼンショクは昨年12月の輸入再開時も、米国産牛肉の販売を全国でいち早く再開したが、約1か月で輸入が禁止された。外食チェーンでは、吉野家ディー・アンド・シーも9月下旬に米国産牛を使った牛丼の販売を始める予定だ。(読売新聞)

 《引用終わり》

*吉野家の牛丼復活は九月末で、復活しても当面は数量制限になると、店に貼り紙がしてあった。値段も以前のような並280円というわけにはいかないのではないか。
 
 私はさほど熱烈な牛丼ファンではなかったが、吉野家はやはり豚丼ではいけないのである。第一キンニクマンが困ってしまう。(はぁ?

 ・・というわけで、今日は以前(昨年二月)一日だけ吉野家が復活した際の、私の秘蔵のブログを他所から転載再掲してみるので、しっかりと笑って戴きたいと思います。毎日暗い話題では私も疲れるし。w

 《以下は05/02/12付のgooブログから》

「昨夕、国中が牛丼狂想曲で浮かれていた頃・・・
「ちょい待ち!あんたやろ?あんたが浮かれとったんやろが?
「よお、わかったな・・・
「わからいでか!あんたの楽天の日記はそのお陰で400近くヒットしたらしいやん?
「ふむ。近来稀に見る快挙であった。
「近来ちゃうやろ、生まれて初めてやろ?
「ばれたか・・・

というわけですので、まだ読んでいらっしゃらない方は楽天の「ヤースケ伝アトランダム」というページへ行って下さい。笑える人は笑えます。ここのブックマークから行けますよ。
「笑える人は笑えるって、どういう日本語や?
「まだおったんかいな・・・
「このページにも4つもトラックバックがあったんやな?
「ふむ。これまた、近来稀に・・・
「生まれて初めてやな。
「も~~! やりにくいやっちゃなぁ~~!
「泣かんでもええがな。

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《次は05年2月11日に380アクセスを誘った楽天日記》

 一年ぶりに吉野家の牛丼が復活するのだと朝からTVがうるさいので、ミーハーオヤジを自認する私としては、ここは万難を排して店前の行列に参加しなければなりません!

 各々方、いざ出陣でござる!努々(ゆめゆめ)ご油断めさるな。
 
 でも食べられるのかなあ・・・?

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 1軒目。30人くらいの列の最後尾(当たり前!)に就く。途中親子連れ等が抜け、13人くらいになったところで食べ終わった人が通りかかって、なんと、
「食べるだけなら、反対側から入ればすぐ食べられますよ」
と教えてくれたではないか!

 バーロー、あほかいな! はよそれ言わんかいな!
 いえいえ、ご親切にも教えて下さった方ですぞ。そんなこたぁ口が裂けても言えません。するとどうでしょう、私の後ろに並んでいた筈の若者が俄然断然真っ先に飛び出して、反対側の入り口へと突進して行くではあ~りませんか!

 しまった。不覚なり。遅れをとった!
 おっと、ここは悔やんでいる場合ではなかった。
 元々お持ち帰り専用の行列に、何の躊躇もなく並んだ私が悪かったのである。さあ、私も急げ、急がなければ、急ぎたい、急げば、急ぐとき、急ごう!なのであった。

 で、私をまんまと出し抜いた青年は入ってすぐの席にすわれてただちに注文出来たのであったが、私はというと、ずうっと奥へ進んで、今食べ終わったばかりの二人連れがのそのそ会計を済ますのを、その後ろで背後霊となって、ただただじっと待ち続けるしかなかったのである。

 私の右隣では先に着席したオヤジが大盛りを注文したところだった。次いで私が席に着き並を注文したところへ青年が左隣にやって来て並とおしんこを注文した。覚えておいて下さい、天地天命に誓って(いや神明だったかな?だいたい私は誓ったことなどないから、こんな言葉知らんのだ)私の方が青年より先だったのである。
 カウンターの反対車線(?)は止まり木への着席は禁止されて、お持ち帰りの人たちの行列だけが受付から店外へと連綿と続いていた。危ない、危ない、私もあのまま並んでいたら、まだ店の外だったのだ。

 そうこうするうち、カウンターの人間も入れ替わったのだが、なんとキッチンからは、
「店内止めて!」と悪魔の叫びが発せられたではないか!
 おいおい、そないなこと、わし、聞いてへんで!何かの間違いや。材料はまだあんねんな?きっと解凍が間に合わんとか、そんなとこや、大丈夫や・・・な?

 私の不安をよそに、まずオヤジに大盛りが来た。これはいい。次に少し間があって並が来た。これは私の並だ。ブヒヒッ、私はアブレなかった・・・ん?ん?

 「ちゃう、ちゃう!」と私は思わず叫び出しそうになった。
 カウンター係のお姉ちゃんは何の躊躇いもなく私の前を素通りし、その並を私の左隣の好青年に届けたではないか!おまけに彼には最初っからおしんこがついている!ひどい!グスン。いや、おしんこは彼が注文したのだから当然だったのだが、バーロー、このアマ、お前なんか牛丼の具が煮え滾っている寸胴に頭から放り込んでお尻ペンペンしてやるぅ!若いかっこいい男を優先しやがって、とんでもねえ女だ!仕事と私情を一緒にするんじゃないっ!・・・と叫びたかったのだが、大勢様の前なのでそれは断念せざるを得なかった。
 いや、あと2~3人お客が少なかったら、私は目に涙を浮かべて「わしの牛丼返せ~!!」と怒鳴り散らしていたに相違ない。

 その後の数分間の長かったことと言ったらなかった。私はもう一生吉野家の牛丼とは縁が無いのかも知れないと思ったら目から大粒の涙が溢れて出て、こぼれ落ちた涙は私の前のカウンターを水浸しにした。というのは嘘で、本当はさっきのお姉ちゃんが私にお茶を届ける際乱暴に湯呑みを置いたから中身のお茶がこぼれたのである。

 そしてとうとう私の並が来た。グスン、ようこそお出で下さいましたと、私は三回お辞儀をしてから食べ始めた。これも何だか嘘っぽい。本当は3回紅生姜を大掴みしてトッピングしたのであった。
 と、今度は私の右隣のオヤジがなにやらそわそわしているのだ。見ると彼はもう九分通り大盛りを食べ終わっていたのだが、彼のところにはまだお茶が届けられていなかったのである。店内のあまりの混雑ぶりに、彼は自分にお茶が来ていないことなど言い出せずにいたわけである。なんと心優しい人であろうか。

 私はこの人には座布団1枚差し上げたいと思うけれど、結局この人にもお茶が来て、店内ストップも程なく解除され、この私も実に1年ぶりの吉野家牛丼を無事食べ終えることが出来た次第である。牛丼もお茶もおいしかったが、一言苦情を言うとなんだか1切れか2切れ程肉片の数が少なかったような気がした。なぜなら、普通に食べていったら最後の方で御飯が少々余り気味だったからである。
 コマケーオヤジなのである。

 この話を打っている間に吉野家の堺市浜寺店に客の4駆が突っ込んだというニュースが流れた。
 その店は40分間の営業停止を余儀なくされたのだが、お客さんは最大1時間半にも及ぼうという待ち時間にもめげず、行列を崩さなかったという。

 次は2軒目の話を今から仕込みます。

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2軒目、今度はもっと混み合いそうな店を目指した。
「このオヤジ、少しおかしいんじゃないか?ちょっとキテイルんじゃないか?」と思われる人がいたとしてもおかしくないが、私はこの際だからもう1軒別の店の情況を見ておきたかっただけで、もう1杯並を食べたかったわけではない。

 その道すがら考えてみると、私はそんなに牛丼が好きな人ではなかったことに気付いた。中止される前、吉野家はいろいろなキャンペーンをしていたけれど、私がそれに参加してサービス券を集めることなど殆ど無かった。
 いつでも食べられるという意識が却って吉野家から足を遠のけていた節もあるが、私は多分1月に数回しか牛丼を食べていなかった人だと思う。
 牛丼を毎日食べることなど私には有り得なかったし、もし何かを毎日食べなければいけないのだとしたら、私は牛丼の代わりに開発された同じ吉野家の牛カレー丼の方にしたい感じである。
 況や豚丼など私には論外で、初期に一度だけ食べてその「くどい」味にすっかり懲りてしまった人間である。あれだったらカツ丼の方が遥かにおいしい食べ方だと思う。

 別の店に行ってみて正解だった。そこでは1軒目とは全く事情が逆で、お持ち帰りの方が断然行列が短く、店内で食べる人の列の三分の一くらいしかなかった。

 何より良かったのは、たまに店員さんが外へ出て来て、お客さんの整理を行っていたことである。これが先の店には無かった。
 人員の都合もあるだろうから文句を言う気はないが、お客なんてものは放っておくと他所の店の入り口へも平気で列を作るし、第一二つの行列の意味=店内組とテイクアウト組の違いも来て早々わかる筈もない。そういう店側の気配りへの好感触もあって、単に観察に訪れただけの筈の私までもが何故かお持ち帰りに並ぶ気になって、結局並を2つも買ってしまう破目になった。何か牛丼シールのようなものを計3枚貰ったがそれにはサービス券は付いていなかった。

 今回の一日限りの牛丼限定販売は大赤字前提だというから、この上味噌汁のサービス券などを期待したらバチが当たるかも知れないなと、そんなことを思いながらけっこう満足気に、都合1時間程度の吉野家ツアーを打ち切って帰途に就いた私でありました。(了)

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 如何でしたか?
 笑えましたか。
 私は今でも笑えます。w

 最後に、以下へ当時寄せられたコメントも紹介しておきましょう。これは先方への私の書き込みに対するご返事でした。

こんにちは! (HAL-Matrixさん)

行列から抜きつ抜かれつのバトルが大阪っぽいですね~!!大阪出身の友人を思い出しました。

確かにコチラ東京はお行儀がいいというか、大人しいんですよね。小さい頃からジワジワと仕込まれているのでしょう。列から外れたりするのがみっともないとかハシタナイと思ってるフシがあります。

私も昔はそんな小市民の一人でしたが、最近は気にしなくなったので、競争相手の少ない東京で結構いい具合にやってます。

それから、確かに肉は1~2枚少ないと思いました!!(February 14, 2005 13:00:17)
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by eisakutyan | 2006-08-30 13:30

公開された遺書。

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*来るべき次の世紀はニヒリズムの世紀である(F・ニーチェ)。

*人生の目的は死ぬことである(ハイデガー)。

*武士道とは死ぬことと見つけたり(葉隠れ)。

*蜜、本当のことを言おうか(大江健三郎)。

*僕が本当のことを言えば世界は白くなる(吉本隆明)。

*自由であるということは自由であるべく呪われているということだ(J・P・サルトル)。

*I'll see you soon,very soon(チャップリン『殺人狂時代』)

・・・と、虚無っぽい言葉(?)を思いつくままに「そこはかとなくかきつくれば」だが、ニヒリズムなるものは払拭出来るのか、いやそもそも払拭すべきものなのか、それとも心中奥深く飼い馴らしておくべきものなのか。

 また一人、愛媛で苛めにあった中学生が遺書を残して道路脇の電柱で縊死し、残された家族はその遺書を公開した。
 自殺は権利か敗北か神への冒涜か、今回はその辺をうろついて(可能なら)何らかの光明を見出してみたい。 . . .

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「生きていくのが嫌に」 愛媛・自殺生徒の遺書全容判明 2006年 8月26日 (土) 15:25(朝日新聞)

 いじめを苦に17日に自殺した愛媛県今治市の市立中学1年の男子生徒(12)が、学校で「貧乏」や「泥棒」と言われて「生きていくことが嫌になった」などとつづった遺書の全容がわかった。生徒が通った小、中学校の校長らは、生徒宅を訪れて再発防止を願う家族の思いを聴き取り、市教委はいじめの根絶を誓う文書を市内の小中学校に送った。

 男子生徒が通った小、中学校は1学年1クラスで、同級生はほぼ同じ顔ぶれだった。県警が同級生全員から事情を聴いたところ、身体への危害はなかったが、言葉によるいじめや無視するなどの行為が確認された。

 生徒は小学6年だった昨年5月、担任教師に「仲間はずれにされている」と訴えた。小学3年の時から続いているといい、担任は同級生にやめるよう指導したという。母親(37)によると、中学入学後は本人からいじめの話は聞かなくなった。「親を心配させまいと黙っていたのだと思う」と悔やむ。

 生徒の家族と対面した小学校長は「小中学校の連携に落ち度はなかったか、改めて見直す。担任だけで抱え込まず、保護者や地域の人と課題を共有していじめに対処していきたい」と話した。

 生徒は夏休みの登校日前日の17日夕、自宅がある島の道路沿いの電柱で首をつって亡くなった。遺書は両親にあてたもので、自宅の机の中に残されていた。

     ◇     ◇

■遺書の全文

 遺言書

 最近 生きていくことが嫌になってきました。クラスでは「貧乏」や「泥棒」と言う声がたえず響いていて、その時は悲しい気持ちになります。それがもう3年間も続いていて、もうあきれています。それに、毎日おもしろおかしくそいつらは笑っているのです。そう言うことでこの度死ぬことを決意しました。

 私が、死んだ後の物はAとBで分けて下さい。机にある小判は私だと思って持っていて下さい。

 AとBは僕の分まで長生きして、いい職について下さい。

 いつも空から家族を見守っています

 さようなら

 いままで育ててくれてありがとう

     母さん父さん

    By.○○ 

(注=A、Bは弟、○○は本人の名前)

============

 以上引用終わり。

 苛められて自殺する子の人生はそこで終わるわけだけれど、苛める側に立った人間はと言うと、元々そんなに悪いことだとは思っていないのか、何年かすると自分がその子を苛めていたことさえもすっかり忘れ去ってしまう。

 苛めというのは理不尽な暴力である。犯罪と言ってもいい。
 そういうことを小中学生らにわからせる方策を私は持たないし第一知らない。

 自分がされたくないことを他人にしてはいけない。
 そんなことをして何が楽しいのか?
 他人に故なき苦痛を与えてあなたが楽しいのだとしたらあなたは異常だ。普通じゃない。
 誰にどういう育てられ方をしたら、虫や犬猫を殺したり、友人を苛めたりすることの中に快楽を得るようになるのか。君の頭の中にはワニの脳しかないのか。ワニだって自分の体表の寄生虫をついばみに来る小鳥を攻撃したりはしないぞ・・。

 とまあ、その程度のことしか言いようがない。
 あとは私の《ヤースケ伝》でも読んでちょうだいってことくらいか・・。

 自分の子供を叱れない親とか、逆に虐待に走ってしまう親とか問題は多いけれど、考えてみれば今やこの国全体が病んでいるのだから、子供の環境だけを良くするなんてことは、あなた、到底無理と言うものでしょうね。
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by eisakutyan | 2006-08-29 03:43

お暇なぁら来ぃてよね♪

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吾もまた自分とこのblogの紹介をしてみんとてすなり。たくさんあんねんで。笑。あちこち行ってもらぁなあきまへん!偏ってはアカンのどすえ。来て、来て、来て、サンタ・モォニカァ♪はたまたComon'a my house,my house,I\'m gonna give you candy.Comon'a my house, my house,I'm gonna give you everythin\'ウッフンちゅうわけやね。ん?気色悪い?ぁそ。

 タイトルの「お暇なぁら来ぃてよね♪」というのは昔の五月みどりの唄です。

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『痛快いけいけヤースケ伝』~~~ここはヤースケ伝第二部のために作ったblogだけど、アイデアが枯渇している間、写真その他をランダムにアップしたため企画の統一性を欠いた。

『ヤースケ伝ダイジェスト版teatime』~~~ここがだいたいがヤースケ伝の出発点で、ここだけで第一部は一応完結している。特に後半(ブロークンな)英訳も併載しているところなどは異色である。

『元祖ヤースケ伝』~~~ここには第一部(第二版)と第二部の一部分のイラストを掲載している。

『ヤースケ伝免許皆伝』~~~ここにもイラストをアップ。ここも含めて以上4blogがイラスト中心のサイトです。

『本家ヤースケ伝』~~~ ここはだいたいが何故作ったのか忘れてしまったけれど、下書き機能は便利で重宝しています。
 あと、ここが私のページでは訪問者数の記録保持者でつ♪
 1,000位以内にも何回か入ったことあるんだけど、今は飽きられたのか全然あきまへんな。w けど新しい記事をアップしないときでも50ipは来てくれます♪過去ネタが豊富だからね。

『ヤースケ伝アトランダム』~~~楽天日記。サイドページも画像アルバムも充実していて、うまく使えばHP並のblogになると思うけど、楽天を去ってfc2.comとかへ行く人もタグが自由に使えるHPを希望しているらしいから、人の欲望には限度というものがありませんな。w

『ヤースケ伝A』~~~ここも楽天日記。以前上のアトランダムの方へログイン出来なくなったときあわてて作ったblogで、その後入れるようになったので今は不要と言えば言えるんだけど、楽天からは何の苦情も来ないのでそのまま運営しています♪
 以前はちゅんがっせいの子らが入れ替わり立ち代り来てくれたんだけど、ここももう飽きられたのか今は誰も遊んでくれなくなりました。とほほ。また暇があったら新しいお友達を探しに行こうかな。ぶひひ。

『英作のはちゃめちゃ幕末塾』~~~あ、ここやんか!
 ここと↓下の隠れ宿は政治的地殻変動を見越して増設したんだけど、全然そういうこともなくて(笑)正直持て余しています。廃止してもいいんだけどせっかく作ったんだからね。
 ただ正直言って反応が鈍い。笑。

『ヤースケの幕末隠れ宿』~~~さるさる日記。ここは文字だけ、しかも1回につき全角1,000字までという制限つきのユニークなblogです。ここもなんとなく続けています。w

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 他にもfc2web.comとジオ・シティにも一つずつあるけど、fc2web.comの方はHTMLがわからないので表紙の試作品しか出来ていないし、ジオの方は入り方を忘れてしまったから自分が行けない。w

 最近ヤフーblogを削除したばかりだけど、それにしても沢山作ったもんだね。
 「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」って、私の場合当たらないサイトばかりだぁっ。
 内容はどこも一緒みたいなもんだけど、コピー記事は基本的に後から載せた方が推敲を重ねています。

 私の方は文字を読んで貰うより『ヤースケ伝』という葉書絵集を見て笑って貰った方が遥かに嬉しいんだけど、絵が下手なのかストーリーがつまらないのか、こっちの方は全然ブレークしないんだな、これが。笑。閲覧者が一日二桁に及ぶことはまずないのです。しょぼん。
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by eisakutyan | 2006-08-28 20:13

近代と野蛮。

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*「大航海時代」をgoogleで検索すると、予想はしていたがオンラインゲームのサイトばかりだ。このゲームはやったことはないが多分面白いだろう。列強があの手この手で相争うあの時代自体が面白いからだ。
 というわけで、当然私程度の力量の人間ではあの時代全部について語る能力も気概もないけれど:
「おお、流石豊竹屋節右衛門さんとこの鼠はよお弾きますなぁ♪」
「いやちょっと齧るだけで」(←落語『豊竹屋』のオチ)くらいの域には到達したいものでありますが、そんな大それたこと、やっぱ無理って?!ぁっそ。

『豊竹屋』を私は六代目円生で聴きましたがこれも元は上方落語だったのでした。w

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イスラエルのクラスター爆弾使用 米が調査 2006年 8月26日 (土) 10:27
(朝日新聞)

 イスラエルがレバノン空爆で使用したクラスター(集束)爆弾をめぐって、米国務省のガレゴス報道官代行は25日、米国が輸出した爆弾の使われ方に問題がなかったか、同省が調査していると明らかにした。イスラエルが使用したクラスター爆弾をめぐっては、戦闘終了後も、その不発弾が地雷と同様の被害を住民にもたらしていると非難されている。

 同代行は「現地入りしている非政府組織(NGO)から情報提供を受けた。真剣に受け止めており、証拠に基づいて真偽を判断する」と述べた。

 同日のニューヨーク・タイムズ紙によると、米国とイスラエルの間には、米国製のクラスター爆弾をイスラエルが使う際は、軍事目標だけを対象にするという秘密協定が76年に締結され、78年に更新されていた。

 同紙の報道では、82年のレバノン侵攻時には、一般市民の居住地域でクラスター爆弾が使われた疑いがあるとして、米国は供給を停止。その後、議会の調査活動などを受け、88年まで輸出は止められていたという。

 クラスター爆弾は、米国自身も最近の例ではアフガニスタンやイラクで使用した。1個の爆弾の中に多数の子爆弾が含まれ、投下時に子爆弾が広い範囲にばらまかれる。一部は不発弾として残るが、缶のような形状から爆弾とは思わずに拾い上げて爆発するといった惨事が紛争が終わっても後を絶たない。このため、国際人権団体などは非人道兵器だとみなし、国際的な条約で使用を禁止するよう求めている。

 米国は01~05会計年度でイスラエルに総額約63億ドル(約7300億円)の武器を輸出した最大の軍備供給元。

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 以上、引用終わり。

*まず大航海時代←こちらはウィキペディアだが、私のお勧めはむしろ↓下の
大航海時代とルネッサンスである。
 これはかなり「きている!」と思う。

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 例えば以下のような記述はどうだろう。

  コリニー砦 制圧

 ブラジル第3代総督メン・デ・サMem de Sa はフランス人を駆逐する訓令を受けていたが、難攻不落と思われるコリニー砦に手を出せずにいた。イエズス会ブラジル管区長マノエル・デ・ノブレガ Manoel de Nobrega に強く勧められて1560年1月バイアを出帆、2月21日グアナバラ湾に着いた。退去命令をコリニー砦に送り拒否された後、連日艦砲射撃を続け3月15日に上陸、翌日コリニー砦を制圧した。
生き延びたフランス人は本土に逃れて抵抗を続けた。
ポルトガルはカルヴァン派を強調し、フランス政府も強い態度はとれなかった。

大航海時代叢書第2期第20巻

 以上引用終わり。
 イエズス会、フランス、ブラジル総督、コリニー砦・・などという文字が連なるだけでなんだかワクワクして来る♪って、ちょっと変かな。w

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   《奴隷制は昔は野蛮でも何でもなかった》

*「東回りのポルトガル・エンリケ航海王がアフリカ大陸沿岸を南下しながら黒人奴隷を調達していった」などと聞くと「学校ではそんなこと教わらなかったよ!」と意外に思う人もいるかも知れないが、古代ギリシャ国家群が既に「奴隷制」を生産基盤に据えていたように、その程度のことで驚いていたのでは歴史の話は出来ない。
 日本にだって、中国皇帝に「生口」即ち奴隷を献上した歴史があるし、瀬戸内海には「生口島」が今もある。
 戦争に敗れた側は「敗軍の将兵を語らず」どころか《人権》などそんな概念自体がないのだから当然一顧だにされず「煮て食われようと焼いて食われようと文句一つ言えない」という、そういう時代がつい最近までずうっと続いて来たのであって、M・フーコーを引き合いに出すまでもなく「ヒューマニズム」なんてものは長い人類史からみれば「ついこの間のちょっとした思いつき」に過ぎないのである。

 関が原の敗軍の将=石田三成が京都四条河原で晒し首になったのはつい四百年程前のことだし、今でこそピサロは「口数の少ない野卑な男」ということになっているが、彼の野蛮さも北米移民らの野蛮さも《同時代的》であって、彼らがインディオらアメリカ原住民を無差別殺戮する事の《野蛮性》を、彼ら自身は《野蛮》としては認識し得なかった点自体が《野蛮》だったのである。

 つまりこういうことだ。
 中世が中世として同心円の枠内に留まっていることを止め、A・A諸国や南北アメリカの文明と直接の接触を開始した途端に《近代の野蛮性》が発現したわけである。
 異人を教化し信仰によって神の国へ誘おうと図ったイエズス会らカソリックの者らも世俗の権力と利害の一致をみているのだから、この《近代の野蛮性》と無縁ではあり得なかった。

 この《近代の野蛮》を第二次世界大戦後も着実に実践して来たのがアメリカ合衆国である。彼らも自分達に都合のいい傀儡政権をあちこちに樹立したがそれらは悉く失敗した。米のヴェトナムへの本格介入を決定付けた《トンキン湾事件》も、イラク攻撃の口実とした《大量破壊兵器の存在》も虚構だった。
 ヴェトナムでは「メコン・デルタのジャングルがあるからヴェトコンが跳梁する」とばかりに大量の枯葉剤(ダイオキシン)を空中から散布してこれが今尚ヴェトナム人へ被害を及ぼしている。イラクで使用されたと言われる劣化ウラン弾も然りで、彼らの「アジア人蔑視」という深層心理は我が国への原爆投下以降も不変と言わざるを得ないのである。
別に現共和党政権がKKK並みのレイシスト揃いだとは言わないまでも、彼らはあまりにも簡単に、平気で人を殺し過ぎるのではないか。まるで彼らの世界戦略は西部劇の延長上にあるかの如くである。

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  《パクス・アメリカーナ》

 私はときどき思うのだが、何か世界中の人々が「泣く子と地頭には勝てない」「長いものには巻かれろ」と知らず知らずのうちにアメリカの言うなりになっているのではないかと・・。反抗はいつも散発的だし・・。

《パクス・ロマーナ》と言い《パクス・モンゴリア》と言う。イスラム帝国の場合はどう言うのか知らないが、彼らも「右手にコーラン、左手には剣」だったのだから基本は同じだったろう。
 帝国が版図の拡張を目指して遠征した先の在来勢力が、唯々諾々とその軍門に屈して人頭税等の支払いに応ずるなら問題は起こらない。大抵一旦は反抗し、そして敗れて結果やむを得ず不本意ながら支配下に組み込まれることになる。
 仮令表面上のことに過ぎないとは言え、従順になった者らを帝国の側が尚も無意味に弾圧迫害し、殺戮し続けることは原則的にはあり得ない。平時に返った彼らは放っておいても新しい生活を始めるわけだから、その彼らから余剰産品を収奪した方が賢いし理に適っているからだ。

 被征服民族の側は好んで支配下に入るわけではないから、幾多の紆余曲折があったにせよやがては民族自決の闘いに立ち上がり、そして勝利する。

 《パクス・ロマーナ》も《パクス・モンゴリア》も民族自決の前に敗れ去ったし、あるいは第二次大戦後の植民地の独立ラッシュも当然の帰結と言っていいだろうが、問題は今の世界は原則《パクス・アメリカーナ》の時代だということで、これが個々の民族自決云々では到底覆せない一種の抜き難い強固さを誇っていることである。

 いったい《パクス・アメリカーナ》に終焉は用意されているのか。
 他の誰か(例えば中国)がアメリカの世界支配にとって代わり得るのだろうか?
 ネコに鈴をつけるのは誰か?
 国連か?(これも一つの方策と思う)
 《パクス・アメリカーナ》の時代の後に、どんな《平和》が想定され得るだろうか?・・とまあ話題は尽きないけれど、今回はこの辺で。w
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by eisakutyan | 2006-08-27 09:32
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*今は「びっくりラーメン」チェーンも関東へ進出したらしいが、私は大阪へ来るまでこのチェーンの存在を知らなかった。
 ここは税込み一杯189円という安さで驚く「びっくりラーメン」が目玉商品で、単に「ラーメン」と注文するとこのラーメンが出て来る。社長さんは毎朝自分のチェーン店のどこかに立ち寄って自ら陣頭指揮でこのラーメンを試食するのだと、いつかTVでやっていた。今日もこのラーメンチェーン関連の話。いいね、話題になるだけでも多大な宣伝効果だ。笑。

 *さて問題はこのラーメンの味その他の評価である。人それぞれ様々な感想を持つだろうが、私は可もなく不可もないといったところだろうか。極薄にスライスされたチャーシューも1枚入っているし、200円払っても11円のお釣りが来るというこの価格で、ちゃんとした醤油ラーメンを提供しているのだから立派なものである。

 私は元々「ラーメンなら毎日でもいい」という人間ではないし、だいたいがラーメンなるものは最初から最後まで基本は同じ味というのが不満である。しかも冷めるに従って旨みもなくなるものだという印象が私にはある。同じ麺類ならうどんや蕎麦の方が遥かに好きだ。
 そう言えば昔「呑んだ後はそばに限る」が口癖の年配者がいたので、私はてっきり「日本蕎麦」のことかと思っていたら、彼の言うのはアブラこってりの豚骨ラーメンだった。w

 「びっくりラーメン」以外にもメニューはいろいろあるが、あまりあれこれ注文してしまうと他の店と同等の料金になってしまうので、私がこの店に行くときは、多くて二つしか注文しない単価の低い客なのである。ごめんちゃい。w

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*私のところから一番近かった寺田町の店はなくなって久しい。今仮に家から「びっくりラーメン」に直行するとすれば「JR東部市場駅前店」か「地下鉄動物園駅前店」かあとは平野に行くかということになるが、うち寺田町にも東部市場にも動物園前にも若い中国人の男女らが働いていたのが目に付いた。何か彼らが就業し易いような特別のルートがあるのだとしたら喜ばしいことには違いない。

*彼らが名目上だけでなく純然たる「留学生」なのか、あるいはまた福建省あたりからの出稼ぎ系なのかは話したことがないのでわからない。

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 で、これはもう何ヶ月も前に東部市場店に行ったときの話です。w

 昼前というか、ひょっとしたら開店直後の時間だったかも知れない。従業員は中国人女性が一人、お客は私一人だった。当時私はワン・コイン・ランチ(←つまり500円で食べられる昼食のこと。しかもこれはあくまで店内限定で、オフィス街へ昼飯時に行けば400円程度のお持ち帰り弁当は幾らでもある)に凝っていて、そこでも500円ランチを注文した。
 餃子とラーメンとあと鶏の唐揚かなんかのセットだったと思う。

実はこの餃子が非常にまずかったのである。パリパリ感がまるっきりない上に生温かったから最悪で、譬えて言うなら、夕べ茹でた餃子に今軽く焼け焦げを付けただけという感じだった。←事実その通りだった可能性もある。中国人は餃子は熱湯で茹でて食べるのが基本で、焼き餃子はあくまでその余りモノの処理法なのだから。

 唐揚も口の中が切れそうなほどゴチンゴチンだったが、ま、しかしいずれも食べられないという程ではなかったので、私は不満は胸に押し殺して黙々と食べていた。

 そこへ彼女の親戚か親しい知り合いかと推定される中年の叔母さんが入って来た。
 私は窓際のテーブル席にいたが、その叔母さんはカウンターのレジに一番近い席に陣取ってペチャクチャ猛烈に「中国語会話」を始めたのである。
 多分その叔母さんは姪かなんかの現況を心配して見に来たのだ。昔はよく見掛けた光景だが、こんな情景は「労務管理」の厳しくなった今ではすっかり影を潜めている。

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*暫くは突然の来客との懇談に夢中になっていた従業員の方の彼女だが、ふと何かを思いついてフロアに出て来た。何をするのかと思ったら、彼女は開店作業の一つをうっかりしていたのである。

 それは(10席もなかったろうか)各テーブル席に一つずつテーブルを拭くための布巾を置いていくという、どうということもない作業だった。しかし・・。

その作業をその子はとてつもなく乱暴な、いわゆる「やっつけ仕事」としてやってのけたのである。彼女にしてみれば「ポンポンポンとダスターを置いて回るだけのことじゃないの?お茶の子さいさいね♪早くカウンターに戻って話の続きをしたいわ」ということかも知れないが(←実際その通りだった)、食事中にいきなり自分のテーブルにダスターを投げつけられた私の方はまず「びっくり」し、少し間があってから非常に腹が立って来た。バカヤロウ、何考えてやがるんだ、このアマ!という感じである。

 私は一瞬自分が激怒して、香港映画のように自分の食卓をひっくり返す場面を空想したがそれは空想だけで終わった。
 知らないのだからしょうがないのである。悪意があってしたことではない。
 社会主義中国ではまだ客商売の基本が整っていないのだとしばしば聞く。
 一部の優良店を除けば「サービス(精神)」ということがよく理解されていないのだ。

 テーブルに客用の布巾を置くというのもサービスの一環である。サービスの結果客が機嫌を損ねたとしたらそれはサービスではない。サービスという労働をした結果客を怒らせるくらいなら、そんなサービスなどいっそ何もしない方がいいのである。これは全ての接客業に共通した原則である。
 サービス業は品物を提供するだけでは成り立たないのだということが彼女に理解されるまでにはもう少し時間が必要だろうなと私は思って店を出た。
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by eisakutyan | 2006-08-26 14:12

伝票操作。

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*故意によるミスを不正と言ってもいいのだ。
 今スーパーの最新鋭のレジでは偶発的なミスは極力排除されている。客=客が持ち込んだ商品=それらの個々に貼られたバーコード=客からの入金=釣銭としての出金=その時間・・と、全てが1vs1で対応する。バーコードの二度打ちは防御される。値引き商品には新しいバーコードが貼られ、出入金は別扱いの上全自動になっているから、並みの頭では不正は出来ない。(はぁ?)
 いや、だからどういう「ミス」が可能なのか、私には俄かには計りかねるのだ。今どこでもこういうシステムが導入されているわけではないが、少なくとも昔は全然そんなふうではなかったということを、私の乏しい体験談から探ってみたい。w

*もう30年以上前のことになるが、私は妙な知己からある喫茶店に頼まれて、次のレギュラー従業員が定まるまでの臨時のウェイターを勤めたことがある。京都・四条烏丸近くのその店があった場所は今は当時の面影もなく、某ファストフードチェーン店が出店している。

 慣れないうちは注文の品を運んだり片付けたり、あるいは店の内外を清掃したりするだけだったが、一ヶ月も立った頃だろうか、私も自然とレジで帰る客の清算をする様になった。専任のレジ係を置く程広い店ではなく、誰か手の空いている店員がレジに立ち会うシステムだったのである。
 レジスターは全手動式で、右端のレバーをガシャッと倒せば「チィーン」と音がして中の引き出しが手前に飛び出してくるアレである。

 客に手書きのレシート(伝票)を渡されると、レジ係は暗算で料金を計算して総額を請求しお客は大抵の場合言われたままの金額を払って店外に出る。
 伝票には通し番号が打ってあって、番号が飛んでいては税務署から叱られるということで、仮令くしゃくしゃになっていようと水浸しになっていようと、捨てずに所定の場所に刺して保存して置かなければいけない。
 交代や閉店でレジを閉めるときはこれら伝票の示す売り上げ総額と金銭出納機の中に残された金額の総計とが合致していればいいわけである。(勿論事前に用意された釣銭分もなければいけない。)

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*で、あるとき私は釣銭を間違えた。何をどう間違えたのか記憶にないが、確か500円ほどお客に多く渡し過ぎたのである。すぐに「あっ!」と気づいて店の外へ客を追ったが(まさか走って逃げたわけもないだろうが!)影も形も見えなかった。

 法的にはどうなのか今だに不明だが、その店では「釣銭等を間違えたら全額自腹で弁済」という決まりだった。「自己責任ということにしなければお客と吊るんでどんな不正でも可能になる」というのが京大出のマスターの言い分だった。
「自分だけ特別扱いというわけにも行かないだろうし、500円で済むことだからな」と私は観念して、すぐ事の顛末をフロア主任の可愛い女の子に告げて相談に乗って貰うことにした。(可愛いは余計?あっそ♪)

 そしたら意外にも彼女は驚きもせずに軽く頷き、さりげなく伝票ストッカーを繰っていたかと思うと、そこからとある1枚の伝票を抜き出したのだった。
 で、どうしたか。
 その伝票は三人の客がコーヒーやらパフェ類やらサンドウィッチやらを食い散らかし記述欄をほぼ満タンにした(!)「宴の後」的伝票だったのである。彼女はその細目から二品程項目を横棒で削除し、トータルもその分減額して帳尻を合わせた上自分のサインを入れた。
「この訂正には自分が責任を持ちますよ」という意味である。
 この結果私のミスはどこかへ吹き飛び、逆に幾らかの余剰金まで生じてしまったのであった。私は脱帽した。

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*なぜこんなことを今更思い出さなければならないのかというと、似たようなことが(?)最近(と言っても数週間前だが)あったからである。

 私は或る「びっくりラーメン」の店で「チャ-ライ」と餃子を注文した。
「チャ-ライ」というのは普通の店で言う「チャーハン」のことであるが、このチェーンではチャ-シュー・ライスという意味のネーミングのようである。
 で、注文通りにオーダーが運ばれて、別に不平も不満もなかったのだが、ふと何気なしに伝票をひっくり返してみて「ん?」と思った。

 伝票には「チャ-ライ」の欄にチェックが一つ付いていただけだったからである。
 注文を受けたのはある中年女性で、彼女が作って彼女が配膳したのだから、彼女には当然注文が「チャーライ」&「餃子」だったということは自明である。

 私は失礼ながら彼女を疑った。このまま交代の時間が来て彼女がレジを閉めることになったらどうなるか?・・私が支払う筈の餃子一人前の料金が宙に浮く。
 疑いの目で彼女を見ると、確かに小狡い風貌である。昔の『欽ドン(欽どこ?)』で言えば『良い店員・普通の店員・悪い店員』のうち間違いなく『悪い』方の分類である。

 別に私が餃子代金を詐取されるわけでもないので、少し考えた上で私は黙って店を出たわけだが、私がレジへ向かうとその女性は走り寄って来て「はい、チャーライと餃子ですね、xx円になります!」とややオーバーアクション気味に大声で叫んだのだった。
 店員は男性がもう一人いたが別段反応がなかった。他に数人の客もいたが気づきようもなかったろうから、この「餃子チェック洩れ事件」は彼女と私だけの秘密で終わることだろう。
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by eisakutyan | 2006-08-26 14:06
*梅田方面に用事があったので、大阪の家電業界で一人勝ちしていると言われる大阪駅前の『ヨドバシカメラ』に時間調整も兼ねて久しぶりに行ってみた。『デンデンタウン』(←大阪の電気街)の裏手にビルを構えたヤマダデンキは立地が悪いから苦戦しているのではないかと思う。
 JR大阪駅は今駅ビルを建てるためあちこちで大工事中で、ときたまドスンドスンと凄い地響きを立てながら基礎工事をしているのである。一頃は名古屋駅がそうだったが、今あそこは巨大な駅ビルが聳え立っている。人の世の無常とはかくの如しである。(はぁ?

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*で、BeatlesのBGMを聞きながら1Fパソコンコーナーだけちょっと覗いてみたら、7~10万円くらいでノートパソコンが買えるようだから私が今使用しているパソコンを買った当時(四年前)の半額くらいの相場である。代りに2000年当時20~30万円もしたパソコンを今売りに出したとすると数千円の値打ちがあればいい方で、まごまごしていると値段がつかない状況である。パソコンでもカメラでも、集積回路でメモリを構成している製品は、時が流れるとことごとく極端に価値を減じてしまう。1眼レフだったらアナログの方が値打ちも用途も広いのである。機械式シャッターなら第一、乾電池なんか不要だもんね。ぷいぷい。

*梅田のヨドバシは7Fがオープンカフェの回廊になっていて、8Fはレストラン街である。
 私は最初コーヒーでも飲もうかと思って7Fに行ったら、ある店でcoffee550円という表示を見てびっくりした。100円自販機なら5本買えて尚お釣りが来る値段である。梅田は東京の租借地か?!(はぁ?

*というわけで、しみったれの私は「コーヒーに550円も払うくらいなら昼飯を食ってやるぅ!」と尻を捲り眦をけっしていざ8Fへ搭乗するエスカレーターに歩を運んだのであった。(←オーバーなやっちゃ。実際はちょうど昼食どきだったというだけの話である。w)

*で、私は8Fは生まれて初めての見参だったし、格別空腹感もなかったので軽く一回りしてみることにした。和・洋・伊・中華等のレストランから寿司・焼肉・お好み焼き等まで一通りあって、どこも一応は盛況だったが、エスカレーターの上り口で言うと、阪急ホテル寄りの方がより混雑しているように私には見えた。
 料金設定はというと、ヨドバシに幾ら払っているのか知らないが、街のレストランと比してやや高めかも知れなかったが、法外というほどではなく、妥当な線だったと思う。

*昼食どきだろうと何だろうと、偏屈オヤジを自認する私はおよそ『順番待ち』というものが大嫌いである。とりわけラーメンやら串焼きやらに行列を作る人間の気が知れない。あんなもの、並んでまで食べるものだとは到底思われない。ぷいぷい。余計なお世話?ぁそ♪

 というわけで、昼飯どきに空いている店(←あくまで比較的、ですよ。汗)というのも問題だが私が選んだのは『くらま』という店の本日のサービス定食即ち『おろしとんかつ定食』880円(税込み)だった。
 サービス定食はもう一つあってそれは『鉄火丼+冷やしうどん定食』880円(税込み)だった。この選択は結果論だが鉄火丼の方が良かったかも知れない。というのは、おろしトンカツというのは文字通りトンカツにたっぷりと刻み葱入り大根おろしがかかっていたわけであるが、そしてこれはトンカツも大根おろしもおいしかったのだが、この組み合わせが良くないのである。つまり大根おろしには醤油、トンカツにはソースというのは絶対譲れない一線であって:

トンカツと大根おろしは別々に食べたかったぁ~っ!
のである・・・。

*実際私の食事がほぼ終わった頃隣の席に付いた韓国青年は私と同じ『おろしとんかつ定食』を注文したが大根おろしは「まずい・・」と一言言って除けてしまい、それらは連れの日本人女性に食べさせていた。

*このカップルというのはちょっと変わっていて、男性の方は片言の日本語しか話せないし、日本人の女の子の方は恐らくハングルが全然駄目なのである。それで二人は英語でコミュニケーションをとっていて、たまに日本語が入って来るという按配だった。

 女性が注文したのが鉄火丼セットで、私が驚いたのは彼女が注文の品を眼にするや、備え付けの醤油の瓶を逆さまに振りかざして、瓶の中身の半分程は一気に丼の中へ注ぎ入れてしまったことである。中のご飯は間違いなくびしょびしょの醤油漬けになってしまったことでしょう。アーメン。

 いや今考えると、アメリカ人の自称日本通がよくこういう無謀な食べ方をする(例えば草団子一個分くらいな大きさにワサビを丸めて食べたりする!)から、彼女は帰国子女とか日系人とかだったのかも知れない。

 ともあれ、これでようやく今日の写真の話に入って行ける展開になりました。ほっ。
 写真を見て戴くと手前にお釜が写っていますが、ここに私の定食のご飯が入っていたのです。
 そうです。ご飯はなんとその都度その都度の一回炊きだったのです。

 す、す、すげぇ~っ!まるで釜飯屋に来たみたい!w

 私は行儀良く(←普通に、だ!)お釜からしゃもじで茶碗にご飯をよそって食べましたが、隣の青年は茶碗としゃもじは端へ除けてしまって、お釜に直接箸を突っ込んでご飯を食べるのでした。

 このやろう、て、てめえ、我が日本文化を舐めてやがるなっ!
 そう思った私は以下のように言って、軽く彼を嗜めたのでした:

Excuse me, but you're out of manner, you know, but take it easy, I don't mind about your act, not only me but also we all don't mind you, 'cause・・・everybody is out of manner in this country now!

・・というのは真っ赤な嘘で(!)実際は「これで英語は合っているのかなぁ・・?」などと呟きながら、お冷タンブラーに残っていた氷を一カケラずつしゃぶっていたのでした。

 そしたら写真後景のシスター四人連れ(うち一人は着席後すぐ席を立ったので写真には三人しか写っていない)が入って来て、何やらよく聞き取れない話を、しかもイントネーションは紛れもない「こてこての」大阪弁でまくしたてるではあ~りませんか!

 私は矢も盾も堪らず、カメラの調子が悪いかのような見え見えの演技をしながら、神様のしもべたる聖なるシスターの皆様方を、ことによって

と、と、盗撮してしまったのです。わぁ~ん。神様お許し下さい。これで私は天国へは行けません!わぁ~んってばさぁ!お、おら、ここに懺悔しますだぁ~っ!

・・・というのが今日のお話なんだけど、長かった前フリの割には内容がお粗末でした。これもついでに懺悔致します。とほほ。
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by eisakutyan | 2006-08-26 13:58
*去年の総選挙、岡田が悪かったのではない。まんまと小泉ポチの策略に嵌って、実直さしか取り得のなかった岡田を大敗させた我が国民が不明を恥じるべきなのである。
 巧言令色鮮なし仁。
 ポチなんぞは酔って銀座のホステスに小便をかけるしか芸のなかった史上最低最悪の総理ではないか。(←by『きっこの日記』)プレスリー館で醜態を演じたのは偶然ではない。ポチは酒乱だ。
 醜聞の発覚を恐れて逃げ出した「留学」先の英国でも一片の英語すら学んで来なかったことはポチの英語力を見れば明白である。(←これもby『きっこの日記』)

 しかしながら、あんなアホでも勝てば官軍というのが政治の世界。
 だとすれば、岡田今度は負けるな。岡田、頑張れ。

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 岡田元代表、おわび行脚終え議連設立 2006年 8月21日 (月) 21:48
(朝日新聞)

 民主党代表として臨んだ総選挙で大敗し、「充電」として地方行脚を続けていた岡田克也氏が再始動し、党内で注目を集めている。国会論戦を通じて自民党政治を検証する「小泉政治との5年」の連載を18日、自らのホームページで開始。22日には民主党所属の国会議員約40人による核軍縮促進議連を立ち上げ、会長に就任する。一人の野党議員として、政策中心に政府・与党と向き合う考えのようだ。

 岡田氏は代表辞任後、総選挙で落選して再起を期す前議員や、若手議員の地元を中心に約20都道府県を回り、街頭演説や選挙指導をしてきた。

 「小泉政治との5年」では、ポスト小泉政権にも引き継がれる政策課題について論じる。

 第1回のテーマは歴史認識や靖国参拝問題。小泉首相がA級戦犯を戦争犯罪人と答弁で認めたことについては、一定の評価をしている。一方でポスト小泉候補には厳しい。安倍官房長官、麻生外相からは「A級戦犯に対する同情が伝わってきた」。論評を避けた谷垣財務相は「2人と異なる視点から見解を述べるチャンスをつくったのに、ややがっかりした」。

 連載は、自民党総裁選投票日までに10回程度掲載。全体で本1冊分の量となる予定だという。

 核軍縮促進議連は、江田五月参院議員ら党内の世代・グループ横断の10人が発起人に名を連ねる。「北朝鮮やイランの核問題やテロリストへの核拡散の危険が高まるなかで、政府の核軍縮政策は熱意を欠く」として、独自に調査研究するのが目的だ。さらに岡田氏は、若手議員と「自社55年体制」後の政治改革を学ぶ勉強会も重ねているほか、海外支援のNGOを後押しする議連も立ち上げている。

 ただ、派閥無用論を強く唱える岡田氏だけに「岡田派への動き」との見方は少ない。岡田氏は周囲に「5年間は充電したい」とマイペースを強調している。

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 以上引用終わり。

*記事によれば岡田かつやHPで小泉との5年間を総括するらしいからこれは注目だね。あんなもんに遠慮する必要はさらさらないから、コテンパンに叩いてやれ・・って言っても彼はお上品だし権謀術数の人じゃないからなあ。
 だから負けたんだけど、まあそういう損な巡り合わせの人も歴史には大勢出て来るよね。w
 
 ウィキペディア岡田克也にはかなり詳しい記述がある。

 とにかくね、まともな人がまともなことを言っても通らない世の中では困るよ。
 なんとかしなくちゃね。w
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by eisakutyan | 2006-08-23 19:05

強いられた近代。

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*『近代』に関する小論である。

=太平の眠りを醒ます蒸気船たった四杯で夜も寝られず。=

 アジア・アフリカ諸国、中南米諸国の住民たちにあっては、所謂『近代化』なるものは内在する矛盾に端を発したものではない。言ってみれば、それは『外』から突如として齎されたものである。一方『大航海時代』以来のヨーロッパ諸国(後にアメリカもこれに加わる)にはそれぞれ『外』へ向けて自国の総力を展開する必然があったと思われる。この深刻な『ギャップ』が今尚この世界の輪郭の基本線を描いている。・・そういう話を軽く流してみましょう。w

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*『現代』というのが"modern times"の訳語かと思っていたら、それでも間違いではないがこれはむしろ『近代』の方の訳語であって、『現代』は"our time"とか"this age"とかの訳語として充てられているようである。英英辞典がないから(はあ?)正確な詳しいことはわからない。wあちゃ~っ。

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*1492 年・・コロンブス一行が「西インド諸島」に到達し、北米大陸そのものを発見したのはアメリゴ・ベスプッチということになっているが、これはあくまで「西欧近代史」の歴史観であって、昔地続きだったベーリング海峡を渡って、後に「インディアン=インド人」と呼ばれることになった所謂アメリカ原住民らの存在は全く軽視されたままである。そして我々は今尚これを唯一無比の真実として学ばされている。明治期の我が国指導層を席捲した「欧化思想」が今も健在なのであるから『忠米亡国の売国奴=ポチ』も決して突然変異によって誕生したわけではない。

*1498年・・バスコ・ダ・ガマの部下達による世界一周の完遂によって地球=大地が丸いことが「実証」された。ガマ本人はフィリッピンで殺された。地の果てが滝になってはいないことがわかったのはほんの500年程前のことだったのである。

*故向田邦子のTVドラマ『阿修羅の如く』ではトルコ軍楽隊の行進曲がテーマソングに使われていた。これは3拍子でステップを踏みながら歌いつつ右左と巧みに楽隊自らの向きを変えて行くという名曲で、モーツアルト・ベートーヴェンの「トルコ行進曲」にもその独特のリズムが刻まれており、往年の威光の片鱗が窺われる。彼らイスラム勢力は一時期スペインの一部にまで立国していた言わば「逆十字軍」である。

*福沢諭吉の『脱亜論』はどうか。
 彼は朝鮮半島の近代化を期待したがそれは清国の妨害によって阻まれたため、以降彼は殖民思想に傾倒・純化していったということになっているが、真偽の程はどうだろうか。植民地を持つことの『功罪』などが本格議論されるまでには先の大戦の終了を待たねばならない。
 維新の英雄=西郷隆盛も「台湾を取れ」と時の政府に進言したくらいで、『欧化思想』から自由であった人間が当時の日本にいたのかどうかは甚だ疑わしい。

 それはそうだ。厳密な法整備が為された上、議会がある。選挙によって選出された国民の代表が公開の議論をして政治を決している。都市建設、道路、近代医学、組織された軍隊と教育、黒船、大砲と、どれをとっても我が先達たちはただただ圧倒されるばかりであった。
 欧米諸国に学び、これに追いつき、これに伍せ。これが維新の元勲たちの至上命題だった。
 当時欧米列強がこぞって為そうとしていたのは「植民地経営」である。植民地を持たない国は「一等国」ではない。であるならば、どこかを獲れ!・・とそう彼らが考えたとしてもそれは責められるものではなかった・・?
 それで運良く日清・日露の戦争にも連勝した我が国はすっかりその気になってしまったのであるが、そんな事態を漱石あたりは深刻に憂えていた。

「『ザンギリ頭を叩いてみれば、文明開化の音がする』で始まった我が国近代化が結局そのまま1945年の敗戦にまで突き進んでしまったのだから、日本に罪は無い」というのがその辺の(!)「チンピラ右翼」的連中の「思想的根拠付け(?)」になっているわけであるが、歴史はそれ程単純ではない。w

*明治天皇が欧米列強に伍して『支邦』というビフテキを食している有名な戯画がある。「一等国」に仲間入り出来て良かったね、と揶揄されているのである。

*ひたすら「西へ」突き進んだ新勢力=アメリカの所謂『フロンティア・スピリット=開拓者魂』については以前書いた。独立戦争・南北戦争を皮切りに、アメリカ原住民を基本的には皆殺しにして北米大陸の西端まで到達した彼らは、ハワイ・フィリッピンを手に入れ、ジャップを原爆2発付で滅ぼし、朝鮮半島にも介入して中国人民軍とも闘い、台湾政府を今尚守護しつつ、ヴェトナム・アフガンからイラン・イラクへと地球をほぼ一周してしまう勢いである。最後は旧宗主国=イギリスを手中に収めるつもりだろうか。w
 こんなに戦争が好きな連中は他にはジンギスカンの蒙古くらいしか思いつかない。
 シュメール帝国も旧ローマ帝国も、あるいは漢民族の帝国にしても版図そのものが小さい。
いずれにしても、アメリカの歴史というのは戦争の歴史である。

*私が「近代というのはのっぴきならない椅子取りゲームなんだな」と冴えない頭で熟考していた頃、故黒澤明監督の『影武者』が封切られた。

 彼があの映画で描いてみせた『桶狭間の合戦』は言わば象徴主義であってリアリズムではない。あれが『近代』というものの本質に迫っていると私は思った。騎兵隊と「インディアン」との戦闘シーンにも使えると、アメリカの誰やらも絶賛していた。

*1965年『言葉と物』(M・フーコー)は既に『デジタルとアナログ』の問題を取り上げている。そういった問題も関連して来ると思うが今日はここまで。w
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by eisakutyan | 2006-08-21 07:09